聖徳太子御廟と叡福寺

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    聖徳太子のお墓へ行ってきました。

    大阪府南河内郡太子町にあります。(近鉄長野線・貴志駅からバス・太子前下車)

     

    聖徳太子磯長御廟について

     

    磯が長い、と書いて「しなが」と読みます。

    この辺りは蘇我氏ゆかりの地ですから、蘇我氏の血を引く太子が葬られたのでしょうね。

     

    太子墓は、径50メートル、高さ10メートルの小高い円墳です。

    内部は精巧な切石を用いた横穴式石室になっています。

    太子と太子の后・膳部郎女(かしわべのいらつめ)と母の間人皇后(はしひとこうごう)

    の3人の石棺が収められているので、三骨一廟と呼びます。(太子町ホームページより)

     

     

    午前中に見た仁徳陵のスケールとは比較になりませんが、太子が亡くなったのは、

    西暦622年のこと。古墳時代はすでに終わりをつげ、飛鳥時代へと変遷してから

    のことです。(円墳であることに驚きました。)

     


     

    江戸時代までは、参拝のために石室まで入られたそうですが、明治になり入場が

    規制され明治12年に修復調査がされた時、横穴入り口はコンクリートで固めて

    しまったため現在は封印の状態です。(入り口には立派な扉がありますが・・)

    結界石490本が2列に並んで墳墓を取り巻いていました。

     

     

     

    叡福寺について

     

    叡福寺というのは太子の死後、推古天皇が墓守の住む堂をたてのがその始まりだそうです。

    織田信長の兵火で一度焼けていますが、豊臣秀頼が伽藍の再興をしたと説明にありました。

     

    広い境内には、多宝塔、金堂、聖霊殿、御堂、浄土堂、念仏堂などが整然と並んでいます。

     

     

     

    伝説では太子は「黒駒」という名馬をもっていてその馬で富士山を駆け上り、都まで戻る

    のに3日しかかからなかったとか。

    その富士山と太子の絵の複製が、金堂の前に掲げてありました。

     

    多宝塔(国の重要文化財)

     

     

    これは入り口の南大門におられた仁王様です。

    門の大きさに比較して、一寸貧弱、もしかすると像は古いのかも知れません。

     

    御廟前の像(天のお一人)、こちらは色鮮やか、新しいものなのでしょうね。

     

     

    感想

    聖徳太子といえば、古代史の中では最も有名な人物。

    倭国が豪族による連合政権から律令国家へと生まれ変わる過渡期の時代にあって

    遣隋使を派遣するなどして国内の制度を整えることに邁進していた聖徳太子。

     

    この時代の歴史本を読むと、太子にまつわる秘話が沢山書かれていて面白いですね。

    用名天皇の正統な皇子であった太子が、何故摂政という立場で推古女帝を支えたのか?

     

    学校では習わなかった太子の国際感覚(太子の家庭教師は高麗人)韓国語や中国語を

    自由に操っつたという才能など知れば知るほど惹かれます。

     

    次は飛鳥板葺宮後など尋ねてみたいと思ったことです。

     


    仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)

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      いきなりで恐縮ですが、日本に古墳はどのくらいあるでしょう。

        1800基   ◆12000基    20万基

       

      う〜ん、20万は違うとして、1800? 12000?  どっちだろう?

      とお考えの方多いのではないでしょうか?

       

      正解は20万基です。  え〜嘘でしょう。そんなにはないでしょう!

       

      ところがあるのです。以下は堺市の観光資料からの抜粋です。

       

        今から1700年程前の3世紀から7世紀の400年間、大王や王が亡くなると、

        土や石を使って高く盛った大きな墓を造りました。今この墓を古墳と呼び、

        造っていた時代を古墳時代と呼びます。

        全国に20万基以上はあると言われる古墳の中で、日本最大の古墳が堺市に

        ある仁徳天皇陵です。

       

      行ってきました。仁徳天皇陵

       

      陵墓の正面に鳥居が建っています。

      鳥居は神域と人間が住む俗界を区画する結界ですから中に入ることはできません。

       

      古墳の広さは濠を含めると、約47万平方キロメートル(甲子園球12個も造られる)、

      墳丘の全長は、486メートル、

      古墳を上空から見ると、円と四角を合体させた前方後円墳、

      墳丘の周りには、水を湛えた堀(濠)が3重に巡っています。

       

      1日、2000人の人々が働いたとして、15年以上かかったと推測されています。

       

      堀の周囲は歩道が整備され、1周2800メートルを散策することも、サイクリング

      することもできるようになっていました。(半周だけ歩きました)

       

      墳墓にはこんもりと新緑の木々が茂り、堀(そんなに深くなさそう)には亀や鯉の姿

      が、そしてそれらを狙うシラサギやアオサギのゆったりした姿も見受けられました。

       

       

      古墳の北には反正天皇陵古墳と、南には履中天皇陵古墳がありますが、百舌鳥耳原三陵

      として宮内庁が管理しているため中に入ることはできません。

      (発掘したり、科学の目で調査出来たらいいのに〜と思うのですが?)

       

       

                   堺観光コンベンション協会のパンフレット から

       

       

       

      百舌鳥古墳群・古市古墳群について調べてみました。

       

          4世紀末から5世紀にかけて、中国大陸や朝鮮半島との交流が盛んになると、

          難波津から奈良盆地へといたる「単比道」や「大津道」といった道路が整備され、

          藤井寺市と羽曳野市にまたがる古市地区、堺市にある百舌鳥地区は二つの道路で

          繋がっていました。

          両地区では巨大古墳が造営されはじめ、大小あわせ90基もの古墳が集中していた

          そうです。

       

          難波津は今の大阪市法円坂付近(上町台地の西端)にあり、 大陸文化の入り口でした。

          5世紀ころの海岸線は、海抜3メートル付近にあり、百舌鳥古墳群は海に面していたと

          いいます。

                      以上seibido mookの「図解・古代史」から

       

       

      奈良盆地と大阪平野がそんな風に繋がっていたとは、方向音痴・歴史音痴の私には驚きです。

       

       

       

      被葬者とされる仁徳天皇とはどんな人物?

       

      日本書記や古事記によれば、「集落の人家から飯を炊く煙が上がっていないのを見て、民衆の

      窮乏を知り、税や課役を免除して自ら倹約に努めた聖帝」となっていますが(小学校で習った)

      実際にはどんな人物か特定できていないようです。

       

      中国の歴書(宋書)に倭の5大王という記述があるそうですが、ここからも特定できないとか。

       

       

       

      いずれにせよ、エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵、そして仁徳天皇陵古墳、

       

      世界3大墳墓の一つといわれるだけの規模はありました。 荘厳さも感じることができました。 

       

       

      午後からは、聖徳太子陵墓へ行って来ましたが、それについては又後日ご報告させていただきます。

       

       


      裏山のキンラン

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        裏山のクヌギの木の周りに、目下キンランが満開です。(5月17日現在)

         

         

        毎年5月に入ると、うす緑の新芽が土から顔をだしはじめ、10日ほどの間に

        およそ30センチ位の高さにまで伸びます。

         

        先端に1センチばかりの黄色い花を多いもので10個前後、すくないものだと

        2〜3個つけます。

        蘭ですが、華やかさは控えめで花びらを閉じている時が多いですね。

         

        幹周りが太く10メートルはあるクヌギの周囲をくるりと取り囲んで咲きます。

        数えたことはないのですが、20本以上咲いています。

         

         

         

        何故クヌギの周囲にだけ出るのか調べてみました。

         

        ラン科植物のラン菌は、普通落ち葉や倒木を栄養源にして生活しているそうですが、

        キンランの場合は、共生する木が決まっているそうです。

        共生相手から糖分やアミノ酸をもらい、木へは土中のミネラルを供給しているのだとか。

         

         

        自生地からキンランを掘って移植しても、5年程度で枯死してしまうのはそのせいです。

         

         

        ありふれた和蘭の一種だったのに野生ランブームで乱獲がすすみ、1990年頃から急激

        に数を減らしたため、1997年には絶滅危惧種粁爐坊悩椶気譴燭修Δ任后

         

         

         

        花弁は5枚ですが、よく見ると唇弁には赤褐色の隆起があります。

        葉は縦方向にしわが多く、柄は無くて茎を抱くように7、8枚が互生しています。

         

         

         

        ところがこのクヌギ(去年くらいから)木の根っこから、茶色い液体が流れ出ています。

        カブトやクワガタが集まる樹液ではなさそうなので、とても心配しています。

         

         

        木にも寿命があるのか、何か虫か病原菌がついたのでしょうか?

         

         

        最後に今年はとても綺麗に花をつけた、ガマズミの写真を添付いたします。

         

         


         

        遠くから見ると、そこだけぽ〜っと明るく、陽を浴びると白さが浮き立ちます。

        秋には赤い実をつけるのですが、今から楽しみです。

         

         

         


        ジャケツイバラ

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          ジャケツイバラをご存知でしょうか?

           

           

          上の鮮やかな黄色の花をジャケツイバラといいます。

          「蛇結茨」と書きます。

          絡まって咲く様子が、まるで蛇がからんでいるように見えるからだそうです。

           

           

          この茨が咲いている場所は、安威川ダム(目下建設中)へと通じる桑ノ原大橋の真下です。

          橋の上からカメラを望遠にして、写してみました。

           

           

          花は登り藤のように、房になってしかも上向きに咲きます。

          花には「シシモドシ」と異名をとるくらいの鋭いトゲがあるそうです。

          幹にも細い枝にも葉柄にもトゲがあって、他の木にひっかけて高く這い上がっていきます。

           

           

          「里山のつる性植物」には、

          木の高さは普通1〜2メートル、数メートルに達するものもある、とありますが、

          かなり高い木ー10メートル位はありそうな木の頂上まで黄色に染まっています。

           

          「陽当りの良い林縁や川岸に、5〜6月に咲く」そうですが、まさにそのとおり。

          下を安威川が流れていますから、きっと土地も肥えているものと思われます。

           

           

          秋には扁平な鞘の中に楕円形の種子ができるのですが、「有毒なので要注意」とあります。

          綺麗な花には、トゲもあり、毒もあるといったところでしょうか。

           

          いずれにせよ、鮮やかな黄色い花が一面に咲いているのは見事というしかありません。

          立夏に入ったばかりの、茨木市北部からのご報告でした。

           

           

          「里山のつる性植物」はNHK出版から出ています。

           著者は、谷川栄子  写真は、本間秀和 

           


          阿為神社例祭

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            書くのが遅くなりましたが、5月4日は、阿為神社の例祭でした。

            九連休の中日、朝から晴れ渡った素晴らしい祭り日和でした。

             

             

            午前8時から渡御式があるということで、自転車で阿為神社へと急ぎました。

             

             

            神社ではすでに神輿が拝殿前に安置され、社殿の中では御渡式が行われていました。

             

             

             

             

             

             

            渡御式というのは正式には神幸祭のことです

            神幸祭とは

             神霊が宿った御神体を神輿に移し、氏子地域の行幸や、御旅所までの

             往路また復路の安寧を祈念する祭りの最も重要な祭事のことです。

             

            阿為神社の場合、

             御神体は、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)と云われています。

             御旅所は、神社から南へ1.5キロ程行った所にあります。

             (西国街道に面した御旅所については、後日訪問してみたいと思っています)

             

            神輿の行列は9時30分に神社を出発、11時には御旅所へ到着。

            午後1時御旅所を出発して4時には神社へ帰ってきます。

             

            一番のハイライトは、神社横にある大念寺の階段を神輿を担いで、駆け上るのですが、

            今年は所要があって、見られませんでした。

             

             

            申し訳無いですが、何年か前に絵にしたものがありますのでアップしてみます。

             

             

                                  ( 水彩60号です)

             

             

             

             

            提灯の宮入  (夜の献灯・お神楽)

             

            午後8時から、夜の神事がありました。(それには間に合いました。)

             

             

             

            暗闇のなか若中と書かれた高張提灯を掲げて神殿前の階段を登って来られる光景は、

            なかなか風情があって感動的でした。  

                

                   重い神輿をかく(担ぐ)若中は、18才から25才までの未婚の男子。

                  若中の長を「帳元」、副を「帳脇」という。

              昔は熊野節という歌を歌いながら登ったという。

               

             

             

            一行は拝殿前に整列し帳元が床几に座って、神官の祝詞が始まります。

             

             

            神殿では神楽が奉納されます。

             

             

             

                                                                          

             

             

             

             

                                     やがて提灯の火が消されて祭礼が終わります。

             

             

             

             

            安威地区に永く住みながら、他市から転居してきた者にとって地域のお祭りには

            どこか傍観者的なところがありました。

            数年前、阿為神社の近くに居を移してからは、祭礼がとても身近なものとなり、

            特にブログを書き始めてからは、もっと深く知りたいと思うようになりました。

             

            昨年、各地区(3地区)で飾るだけの「山車」のことをブログに書きましたが、

            その謂れを知りたいと、地区の古老を尋ねしました。

            残念ながら詳細は分かりませんでした。

             

            この2枚の写真は去年のもの。山車の側面の刺繍です。

             

            その代わりに戴いたのが「安威郷土史」です。

            平成2年から3年かけて編集されたという、大変立派な郷土史です。

             

             

             

            「日本書紀」の中に「藍野陵」という言葉があるそうですが、古墳時代にまで

            遡ることの出来るこの地区「あい」の歴史を学ぶのには時間がかかりそうです。

             

            今回は「阿為神社祭礼」に関するところを参照して、この項書かせて頂きましたが、

            今後少しづつ現地を尋ねた上で、書いてみたいと思っています。

             

            まとまりの悪い文章を読んでいただきありがとうございました。

             

             

                                                                   

             

                                     帳元らしき方が着ておられた法被。

             

             

             


            藤が咲きました 

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              裏山に藤が咲き始めました。

               

               

               

              この藤の花は、山藤だとばかり思っていたのですが、そうではありませんでした。

              山藤というのはこんな風に先は細くなく、ずんぐりしているのだそうです。

              モミジの木に絡んで大きくなり、今年は花をたくさん付けました。

               

              蜂の名前は分かりませんが大きくてお腹の黒い蜂が蜜を吸いにきています。

              イカリソウが終わって寂しくなった裏山ですが、華やかに変わりました。

               

               

              足元には元気なギボシの新芽が、勢いよく立ち上がっています。

               

               

              これは、園芸店で購入したものを植えたのですが名前を失念しました。

              シャドウガーデンというとカッコイイですが、要するに日影になる庭でもよく育ちます。

              新芽は茹でてマヨネーズをつけて食べると美味しいとか!

               

              もう一株あります。

               

               

              上から見たところですが、葉の色が少しシルバーがかってとても綺麗です。

              夏のうちにどんどん大きくなって、秋には薄紫の花をつけます。

              冬は葉を落としてしまうのですが、とても丈夫な花だと思います。

               

               

              次はジュウニヒトエの仲間です。

               

               

              これは自生です。

              葉が紫色をしています。地を這うように広がって増えていきます。

              濃いブルーのものもあります。

               

               

               

               

              正しくは、セイヨウジュウニヒトエと言うそうです。

               

               

              エビネ蘭が花を付けました。

               

               

              昨年、万博記念公園の山野草展で購入したものですが、脇から芽が出てきています。

              この日本の蘭も日影を好むそうです。

              増えると嬉しいのですが。

               

               

               

              今年はコバノガマズミが花をたくさんつけました。

              遠くから見ると真っ白です。

              ユキヤナギのように細く風になびくような木ではなく、3メートル位の高さになります。

               

               

              裏山にはこのコバノガマズミが10本くらい生えています。

              秋に赤い実がなりますから、野鳥が増やしてくれるのでしょうね。

               

               

              最後はハナニラです。

               

               

              ベツレヘムの星という清らかな呼び名があるそうです。

              正式な名前は、イフェイオン。

              球根でどんどん増えていきます。

               

               

               

              これから待望のキンランが咲き始めます。

              今年は花の時期が遅れていますが、株も少しすくないようで心配しています。

              でも蕾が膨らんできましきましたから、来週くらいには写真をアップできそうです。

              それではまた。

               

               


              大山崎山荘美術館

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                大山崎山荘美術館に行かれたことがありますか。

                京都府乙訓郡大山崎町にあります。

                桂川・木津川・宇治川の三本の川が合流する風光明媚な地にあります。

                大山崎に住んでいる友人と行ってきました。

                 

                 

                今この美術館では「漱石と京都」と称した展覧会が開催されています。

                (5月28日まで)

                 

                 

                 

                漱石と大山崎山荘の関係

                 

                今年は文豪・夏目漱石の生誕150年にあたるそうですが、漱石は4度京都を訪れています。

                その漱石が最後に京都を訪れたのは亡くなる前年、1915年(大正4年)のことでした。

                 

                 

                在京中に、祇園の文芸芸妓で名高い磯田多佳から実業家の加賀正太郎を紹介されました。

                加賀正太朗は関西の実業家で証券会社を経営していました。

                22才の時にはヨーロッパに遊学して多くのことを吸収して帰国したそうです。

                 

                漱石が山荘を訪れた当時、加賀正太郎は鉄筋コンクリート(外観は和風の)建物を建築中でした。

                チューダ様式の建物から家具調度にいたるまで加賀が自ら設計、デザインしています。

                 

                漱石の訪問時、若かった加賀は文豪の漱石に山荘の命名を依頼しています。

                帰京後、漱石は14の名を提案しているのですが、そのやり取りの手紙が展示されていました。

                (何故大山崎山荘になったかという手紙は不明だそうです)

                 

                 

                現在はアサヒビールの初代社長山本爲三郎が買い取り、美術館となっています。

                 

                建物はドイツ製のステンドグラスが各所に使用され、大きな暖炉が当時の姿であります。

                100年前の建物ですが、西洋式バスルームにはラジエターが置かれ、暖房完備です。

                 

                 

                 

                蘭について

                 

                加賀正太郎は多趣味な人であったそうで、イギリス滞在中に王立植物園を訪問しています。

                そこで「蘭」に強く魅せられ、帰国後は自宅の温室で蘭の栽培に情熱を注ぎました。

                30年間に育成した蘭の数は、1140種、一万鉢になるとか。

                 

                後年、これらの蘭を日本画家の池田瑞月が絵にし、木版画にした作品が「蘭花譜」です。

                蘭花譜も展示されています。

                 

                            大山崎の友人から借りた「蘭花譜」より
                感想
                 美術館は茨木市の我が家から近い事もあって、春に秋に友人とよく尋ねます。
                 訪館する度、展示物もさることながら建物や庭には深く感動してしまいます。
                  (安藤忠雄さんの地下美術館もあります)
                 建物のベランダからの眺めも絶景です。(美味しいコーヒーが飲めます。)
                 加賀正太郎さんのことを調べる内、茨木カンツリー倶楽部(ゴルフ場)も彼が
                 設立に参画していることを知りました。
                 日本人で最初にユングフラウに登攀したのも加賀正太郎さんだそうです。
                 広い庭園には枝垂れ桜や、モミジが沢山あるのですが、緑色の桜がありましたので
                 ご紹介して終わります。
                          御衣黄といいます

                 

                  美術館の案内ページがありましたので、アドレスを記しました。

                  http://www.asahibeer-oyamazaki.com/

                 

                 

                 

                 


                ブルーベル開く

                0

                  ブルーベルが咲きました。

                  ベルの形をした小さな花ですが、毎年この花が咲くのを心待ちにしています。

                  イギリスの知人から種を分けてもらったのがもう5年ほど前のことです。

                  1年目はまるで縫い針のように細い芽が出るのですが、それがここまで育ちました。

                   

                   

                  蕾も幾つかついています。

                  そんなに背の高い植物ではありませんが、これが一面咲いたらそれは可愛いでしょうね。

                   

                   

                  裏山にも同じものを植えていますが、プランターのものが一番早いようです。

                   

                   

                  同じブルーの花が裏山に咲いていました。

                   

                  十二単衣だと思うのですが、本で調べると、色が違います。

                  またFBの「みちくさ」部に教えを乞いました。

                  セイヨウジュウニヒトエと言うそうです。

                   

                  植えた覚えはないのですが、去年も咲いていましたから多年草ですね。

                  花が階段状についています。

                  イチゴのランナーのように細い茎が地を這うように伸びて増えていきます。

                   

                   

                  最後は、裏山に咲きはじめたツクバネウツギです。

                   

                  花の根元を見てください。

                  がく(萼)のところが羽子板でつく「羽」に似ているでしょ。

                  この形・衝羽根(つくばね)から名がついたそうです。

                  木は2メートル位の高さで幹も細いのですが、小さな花を沢山ついています。

                   

                  春、まっさかりといったところでしょうか。

                   

                  山藤も咲き始めました。房がまだ小さいですが伸びてきたらご紹介したいと思います。

                   


                  クヌギ

                  0

                    裏山には隨分背の高い木(10メートルはありそう)が何本もあります。

                    落葉樹が多いのですが、秋にはどんぐりをつける木も何本かあります。

                    そんな木の中の1本で今頃になると房のようなものを沢山つける木があります。

                     

                    写真で見ると綺麗なのですが、これが1週間もすると全部落ちて来る厄介ものです。

                    花だろうと軽く思っていたのですが、今回フェイスブックに質問してみました。

                     

                    木の名前は「クヌギ」、房は「雄花」ということでした。

                     

                    じゃあ雌花はどこにあるのだろうということで調べてみました。

                     

                    NHKに、「クヌギのどんぐりができるまで」というよく分かる番組がありました。

                    3分ほどと短いですがよくできています。どうぞご覧ください。

                     

                    http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005400792_00000&p=box

                     

                    どんぐりが2年越しにできるとは、ビックリです。

                     

                    どんぐりをつける樹は日本には約20種類もあるそうです。

                     

                    クヌギはブナ科の樹木ですが、ブナ科の植物を調べると、

                    コナラ亜科・クリ亜科・ブナ亜科に分かれていました。

                     

                    どんぐりの帽子のことを殻斗(かくと)というそうですが、

                    クヌギの殻斗はアフロヘアーのボートのような形をしています。

                     

                     

                                    

                     

                    まんまるに近いです。樽に似ているといった方がいいかもしれません。

                    直径2センチくらいもあるので、10メートル上から落ちて、サンルームの屋根に当たると

                    大きな音がします。夜中ですと「何事?」と驚かされます。

                     

                     

                     

                     

                    この写真がクヌギの根元です。

                    5月になるとこの木の根元にキンランが咲き始めます。

                    キンランとクヌギは共生関係にあると聞いていますが、最近木が少し弱っています。

                    (根元から黒い粘液が出始めている。甘い樹液ではない。)

                    心配しています。

                     

                    でもキンランの小さな「芽」が出始めていますから、花が咲きましたらまたご報告いたします。

                     

                     

                     


                    裏山の春 

                    0

                      裏山の春も本番を迎えています。

                      クリスマスローズから始まり、イカリソウの白や紫の花が満開となり、

                      今はタチツボスミレが山の斜面を薄紫に染めています。

                       

                       

                      タチツボスミレというのは、野草の本によれば、有茎種というスミレです。

                      花の終わり頃になると茎の途中から花柄が多くでるようになります。

                      他に、無茎種という地面から直接花柄がでるものがあります。

                       

                          

                       

                      タチツボスミレは繁殖力が強いのか、裏山の斜面を確実に広がってきています。

                      色は薄いのですが、小さい花が群がってて咲いていると、とてもいじらしく、

                      「咲いてくれてありがとう」と言いたくなるほどです。

                       

                       

                       

                       

                      昨日、大きくなりすぎたツワブキを整理していた時、朽ち葉の下にキノコを見つけました。

                      初め土の塊のようにしか見えなかったのですが、以前本で見たことのある「アミガサダケ」

                      のように思えました。

                      早速、(買ったばかりの)スマホで調べてみると、間違いなく「アミガサダケ」でした。

                      ビックリ仰天です。

                       

                       

                      タチツボスミレが咲き、桜の花の咲く頃、里山で見られると書いてあります。

                      日本ではあまり食べないが、西洋ではバターで炒めて食べるとか!

                      あたりを調べてみると他にも2本見つかりました。

                       

                       

                      1本は何かに食べられていましたが、もう1本は少し黒味がかっていました。

                      食べられると分かっても、ちょって試してみる勇気はありません。

                       

                       

                      その後、もう一つ発見がありました。

                       

                      ナナフシってご存知でしょうか?カマキリに似ていますが身体が枝のような生き物です。

                      桜の木についている時は、ほんとに枝かと思いますが動くのでそれと分かります。

                      そのナナフシの赤ちゃんを発見しました。

                       

                       

                      如何です。細いでしょ!この細い手足を振り回して威嚇していました。

                      よく見ると手足に横縞の模様があります。

                      阪神タイガースのファンかも知れません。

                      擬態というそうですね、

                      木の葉そっくりのカマキリもいるそうですから、このくらいで驚いたらいけないのかな。

                       

                      一寸見慣れぬものが続きましたから、最後は庭の花で締めましょう。

                       

                      スズラン水仙

                      開きかけの石楠花です。

                       

                      春は駆け足です。

                      近くのお寺の満開だった桜も散り始め、桜吹雪に風情を感じます。

                      そしてなによりもモミジの若葉がいかにも春らしい気分にしてくれています。

                      やがて季節は新緑へと移っていくのでしょうね。

                       

                       

                       

                       


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                      profilephoto ■ニックネーム 遊山 ■住んでるところ 大阪府   60歳まで福祉畑で仕事していました。 70歳を過ぎた現在は、夫と100歳になる実父との超高齢世帯です。 京都に近い北摂の山間部で生活しています。恵まれた環境ですが少し不便です。 旅行が好きでスケッチ旅行に何度か海外へ行きましたが、介護が始まってからは、もっぱら京都や奈良の美術館巡りです。 ブログでは裏山に自生する植物や野鳥、昆虫などの紹介をしたいと考えています。 写真は素人ですが、さりとて上手な絵が描けるわけでもありません. 時々「へたな横好き」のスケッチをupしたいと思います。

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