新屋神社

0

     茨木市北部、ここから北摂の連山へ入っていくという地域に

    「福井」という田園地帯が広がっています。

    (私の住んでいる安威の隣村になります)

     

    この福井には、九州・高千穂の天孫降臨によく似た伝説があります。

     

    今回もいつもの「わが町いばらき」(民話、伝説編)から、

    福井村に伝わる祭神降臨のお話をさせていただきましょう。

     

     

    大和朝廷の初期、崇神天皇の頃のお話です。

     

    ある晩、福井村の住民がいっせいに「霊夢」をみたそうです。

    西の丘に日輪が天降り、それはそれは神々しい有様だったそうです。

     

    驚いた住民がみんなで翌朝、西の丘に登っていくと、

    一夜にして榊が生え、松が生え、今までと全く違っていたと言います。

     

    驚いた人々はこのことを三島の県主(あがたぬし)に伝え、

    県主は津の国造(くにのみやつこ)に伝えました。

    国造は崇神天皇に伝えたそうです。

     

    天皇は伊香色雄命を勅使として榊に木綿(ゆう)をかけて

    神祭りを執行されたといいます。

    この丘を日降丘、松を日降松として神聖視しているそうです。

     

     

     

    後、景行天皇の時、日降丘の中腹に新御殿を建て神霊を祀りました。

    このことから新屋神社(にいやじんじゃ)と呼ぶようになったそうです。

     

     

     

    行ってきました。新屋神社。

     

                丘の下から見上げた鳥居。    

     

               拝殿 奏楽堂のような建物

    内部には平安時代のような人物画が飾られています。

     

     

     

                    神殿

         狛犬が2匹鎮座していました。

     

     

     

    「わがまち茨木」には 採録者 神田正清 とあります。

    家人によりますと、その方は新屋神社の神主さんですよ、ということです。

     

    こんな興味のある伝説があって、隨分昔からこの神社を守ってこられたのでしょうね。

     

     

    この神社の裏はこんもりとした丘になっています。

    入り口の説明書きには、古墳群とありましたが、またの機会に訪ねてみたいと思います。

     

     

    茨木市には何故か神社が多くあります。

    明治の廃仏毀釈運動のときに、多くのの神社や鎮守の森は失われたと、本で読みましたが、

    こうした深い鎮守の森をみますと嬉しくなります。

    ではまた。

     

                      

                             裏山に続く深い森

     

     

     

         崇神天皇について調べてみましたが、日本書紀にも古事記にもでてきますが、

         第10代天皇(大王でしょうね)とあり、生没不詳だそうです。

     


    秋は何色 ・その2

    0

      サネカズラというつる性植物をご存知でしょうか?

      秋も深まるころ、真っ赤な実(さね)をぶら下げます。

      キイチゴを大きくしたような、赤い丸い集合果です。

      毎年この実が赤くなるのを楽しみに待っているのですが・・・

       

      見つけました

      思わぬところに

      でもまだ緑色です

       

       

      あとどのくらい経ったら赤くなるのでしょう?

      楽しみが一つ増えました。

      真っ赤になったら、またこのブログでご紹介したいと思います。

       

      茎から取れる粘液性のある液体は、昔整髪料として使われたとか。

      ですから別名、ビナンカズラとも言うそうです。

      美男がお使いになったようですね。

       

       

       

      この実は、ピラカンサスです。

      庭に植えてある木が越境して、枝を裏山へと長く伸ばしています。

      まったく不格好なのですが、冬になるとメジロがこの実を食べにやってきます。

      そうですね、一度に10羽くらいのメジロがこの実をついばんでいるのはホントに可愛い。

      なので枝は伸びるままにしているのですが・・・。

       

       

       

       

       

      ツワブキから、拳骨のようなつぼみがにょきにょきと伸び始めました。

      日陰植物の王様のようなこの植物、全くの手間いらずです。

      花の少ない時、山裾を黄色に染めてくれる貴重な存在です。

       

      風で飛んだ種からできた小さな株が、周りに沢山見られます。

      冬期も青々とした葉を茂らせてくれますから有り難いです。

       

       

       

      秋海棠です。

      やはりこぼれ種から出てきました。

      優しい花なのに、性格は強靭そうですよ。

       

       

       

      赤い実や、優しい花はこころ和みます。

      市美展で選外になって気落ちしてたのですが、

      来年は頑張りましょう!

      イエ〜イ!    

                 


      秋は何色

      0

        連想ゲーム風に、「秋」と言えば何色を思い浮かべますか?

         

        紅葉にはまだ少し早いですね。

        でも朝、晩は隨分と涼しくなりました。

        銀杏の木の下には、ギンナンも落ち始めました。

        裏山に秋を探してみました。

         

         

        何年か前に植木鉢から下におろしたりんどうが、横に広がって色づいています。

        紫色は秋の色でしょうか?

        強烈な夏の色ではなさそうですね。

        つぼみがいっぱいついていますからこれから暫く楽しめそうです。

         

        赤い実を見つけました。

         

         

        ガマズミの実です。

        春には白い花を沢山つけていたのですが、実は意外に少ないです。

        でもこの実食べられるそうです。酸っぱいそうですが・・・・・。

        陽当りのあまりよくない所に生えているので、実が少ないのかもしれません。

         

         

         

         

        こちらはコバノガマズミ。

        葉っぱが細くて小さいのが特徴です。

         

         

        5〜6ミリの実が沢山なっています。

         

        続いては、ムラサキシキブ

         

         

        鮮やかな紫色をしていますね。

         

        そうそう、大事な秋の主役を忘れていました。

        どんぐりです

         

        クヌギやシイの木が沢山ありますから、丸いのや細長いのがパラパラと落ちてきます。

        栗でしたら嬉しいのですが、全てどんぐりです。

         

        このどんぐりを狙って、夜毎イノシシがやってきます。

        皮だけ残してそれはそれは綺麗に食べます。

         

        そう言えば、イベリコ豚はどんぐりで育てるそうですね。

         

        秋は何色じゃやなくって、秋は食欲なのかも知れませんね〜。

                              

         

        ではまた。

         


        玉櫛媛と媛蹈鞴五十鈴媛

        0

          少しご無沙汰してしまいました。

          秋の公募展に向けて、水彩画を1枚描いておりました。

          (入選できればいいのですが・・・・)

           

           

          さて本日は、茨木市教育委員会が出版している「わがまち茨木」民話・伝説編から

          玉櫛媛と媛蹈鞴五十鈴媛、それににまつわる溝咋神社のお話を紹介させていただきます。

           

          茨木市の南西部に、市内で一番古いと云われる溝咋神社があります。

          自転車を飛ばして行ってきました。

           

                                一の鳥居

           

                         一の鳥居から続く松林の参道

           

           

                 今から2000年以上も昔のお話です。

           

           

          溝咋神社のあるこの地(三島地方)に、水路(溝)を開いて水田を開墾し、

          強大な勢力をもつ神様(豪族?)が住んでおられました。

           

          神様の名を、三島溝咋耳命(みぞくいみみのみこと)といいました。

          耳は古代では、長のことを意味したそうです。

          さてこの溝咋耳命には、大変美しい玉櫛媛(または溝咋媛)という媛がありました。

           

           

          同じ頃、大和の国では大三輪氏が勢力を誇っておりましたが、大三輪氏の主である

          事代主命(ことしろぬしのみこと)玉櫛媛の美貌を耳にされ、やがて二人は結婚

          されることになりました。(日本書紀による)

           

           

          二人の神様の間に三人のお子様がお生まれになり、溝咋の地にお住まいでした。

           

           ・ 天日方奇日方命(あまひかたくしひかたのみこと)

           ・ 媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)

            五十鈴依媛  (いすずよりひめ)

          といいました。

           

           

           

          何年か後のこと

           

          神武天皇が大和地方を平定され、広く豪族から良縁を求めておられたそうです。

          天皇は心優しく美人の媛蹈鞴五十鈴媛をおみそめになり、橿原で即位された元旦に

          皇后としてお迎えになりました。

           

          神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛との間には四人の皇子がお生まれになりましたが、天皇の死後、

          皇位争いがあって、四番め皇子が、二代天皇・綏靖天皇(すいぜい)となられたそうです。

           

          面白いことに綏靖天皇のお妃には、母である媛蹈鞴五十鈴姫の妹・五十鈴依媛が迎えられ

          ています。

           

           

          少し話が込み入ってきましたね。

          つまり茨木溝咋の地から美しい姉妹が、二人の天皇の皇后になられたことになります。

          神話とは言え、そのような物語が茨木にあった事に驚ろかされてしまいました。

           

           

                       社殿  (玉櫛姫と媛蹈鞴五十鈴媛が祀られている)

           

                                   三島溝咋耳命の社殿

           

           

           

            現在の社殿は、地元の両替商・米屋喜兵衛が寛保2年(1742)に造営したとありました。

           境内は隨分と広く、古木が何本もありました。

           訪れたのは台風の翌日でしたが、箒の目も美しく掃き清められていました。

           

           

           

          あとがき

           

             屬錣まち茨木」民話・伝説編には興味深い話が沢山載っています。

              これからも時にふれ訪ねてみたいと考えています。

           

           ◆ 仝纏記では大和三輪氏の主のことを、大物主命としてあるそうです。

              大物主命は丹塗りの矢に化けて、玉櫛姫(溝咋媛)のほとを襲い、やがて夫婦になられた

              と書いてあるそうです。

              面白いですね。

           

                            境内の古木 

              ではまた。

           


          ナツフジ

          0

            いつも通る道の廃屋に、白い藤のような花が咲いているのに気がつきました。

            花は小さいのですが、舞妓さんのかんざしのように房になって垂れ下がっています。

             

             

            あまりに可愛いので、一枝だけ手折ってきてガラスの花瓶に挿してみました。

            花丈は20センチくらいでしょうか。

             

            葉も藤程大きくはないのですが、よく似ています。

             

            葉は互生。

            6対前後の小葉からなり、葉質は薄く、表面は緑色で裏面は薄緑色です。

             

             

            蝶形の花も藤にそっくりです。薄緑がかった白色をしています。

            つるのように絡んで咲いていましたから、「つる性植物」の本に当たってみました。

             

            「ナツフジ」と言うそうです。

             

            開花した順に落下するので一斉の開花を見ることは少ないと説明してあります。

             

             

            花の上部に、小さな莢がついていますが、4〜5センチしかありません。

            10〜11月に、熟すと紫褐色になり2裂して種子を遠くに飛ばす。

            本にはそう説明してありました。

             

             

             

             

             

            このナツフジが生えていた廃屋はもう10年以上、誰も住んでいませんが、

            この時期になると人知れず咲いていたのでしょうね。
            野草好きだと思っているのに、一度も気が付かなかった自分が恥ずかしい。

             

             

            日本固有種だそうです。

            挿し木してみようかな〜と考えています。

             

             


            裏山の昆虫 2

            0

              その1

               

              孫たちが滞在中の我が家に、裏山から素敵な昆虫の訪問がありました。

              東京と名古屋でマンション住まいの子供たちには、初体験でした。

               

               

              シロスジカミキリです。

              背中の模様が前衛的ですね〜

              それにしても、触覚が長く、立派です。

               

               

              黒々とした大きな目が光っています。

              身体をつまんでご持ち上げると、キイーキイーと高い声(威嚇音)で鳴きます。

              (孫達は持てません、中2女子、6年男子、3年女子)

               

               

              大きさはマッチ棒と比較すると下の写真のようになります。

               

               

              毎夏、1度は必ず見ます。

              裏山にはクヌギやアカ樫がありますから、そこから来るのだと思われます。

               

              カミキリムシについてネットで調べて驚かされました。

               

              カミキリムシは日本だけでも800種もいるそうです。

              英語では  longhorn beetle というそうですがこの方がそのものズバリですね。

               

              卵から幼虫、蛹、成虫、へと完全変態をする甲虫です。

              幼虫は木の幹や枝の内部をトンネル状に穴をあけながら食い荒らし、樹木を弱らせ、

              時には枯死させるので、農家からは害虫扱いされているとか。

               

               

              それにしても図鑑で見るとずいぶんカラフルなカミキリムシがいるのですね。

              身体の色が瑠璃色のルリボシカミキリはどんな所にすんでいるのでしょう。

              一度でいいから、見てみたいものです。

              下にルリボシカミキリのサイトを貼りました。ぜひご覧ください。

               

              http://www.insects.jp/kon-kamiruribosi.htm

               

               

               

              その2

               

               

              庭石の上に翅を広げて休んでいる蝶がいました。

               

               

              いつも見かける蝶なのであまり注意していなかったのですが、調べてみました。

              翅の模様を良く良く観察してみました。ゴマダラチョウのようです。

              コミスジかと思っていましたから、またまたびっくりしました。

               

              オオムラサキに近いタテハチョウの仲間だそうです。

              エノキに卵を産むと説明してありましたが、我が家の近くにエノキがあったかしら?

              自信がありません。

               

               

               

              この時期、柚子の木にはカラスアゲハやキアゲハが毎日のように卵を産みにきています。

              カラスアゲハは大きくて華麗に飛び回りますから、一度写真に収めたいのですが・・・

              とても私の手に負える代物ではありません。

              残念!

                           右下の写真はキアゲハ(ピントが合っていなくて済みません)

               

                                                                        

              ではまたご報告いたします。

              (記述に間違いがありましたらご教示ください。)

               


              裏山の昆虫たち

              0

                花に止まらないで、何故か小石の間を飛び回っているオレンジの蝶

                この蝶は何という蝶でしょう?

                 

                ネットで調べて、ヒメタテハ に似てるなあ〜と思ったのですが、

                いつもの生物博士に聞いてみました。

                 

                         

                 

                違っていました

                ツマグロヒョウモンでした。

                 

                翅の縁が黒いですね。メスだそうです。

                 

                      

                 

                「幼虫は赤と黒の派手な模様なので探してごらんなさい」ということでした。

                確かに見たことあります。赤い筋が黒字の身体にあるドギツイデサインです。

                こんな時に限って、いないのですね〜

                 

                描いてみました。(昆虫図鑑参照)


                 

                一寸気持ち悪いでしょうか?

                幼虫の食事はスミレやパンジーです。

                香りに引き寄せられるのでしょうか?

                 

                 

                 

                次はタマムシです。

                 

                 

                大きなクヌギの木の周りを、いつも4〜5匹のタマムシが飛び回っています。

                2階の私の部屋から、よく見えるのですが、5〜6メートルは離れています。

                 

                なかなか写真に収まらないので、残念だな〜と思っていたところ、いました。

                クヌギの幹に、しかも2メートルくらいの高さのところです。

                 

                 

                またもや絶好のチャンスに、カメラもスマホも携帯せず。

                丁度、遊びに見えていた友達が、スマホでキャッチ!

                その写真が下の2枚です。

                 

                 

                 

                 

                いかがでしょう

                綺麗な玉虫色です。

                翅の色って、1000年経っても褪せないのですね。

                今年の春、法隆寺で玉虫厨子を見てきましたが、

                たしかに残っていました。

                ほんの一部でしたが、グリーンに光る翅の色は間違いなく玉虫色でした。

                 

                 

                最後はトンボです。

                 

                ハグロトンボです

                細い身体の色がタマムシ色に光るのですが、カメラを近づけると逃げられます。

                (オスは腹部が緑色、メスは腹部が黒色)

                 

                子供の頃、小川の上をハグロトンボが群れになって飛び回っていたの覚えています。

                ここは、川から直線でも200メートルくらい離れているのですがよく見かけます。

                翅を閉じたり開いたりするところを写したいのですが、じ〜っと閉じたままでした。

                 

                 

                 

                いかがでしたでしょうか?

                裏山はもう秋の気配も感じられるようになりました。

                ヒグラシの「カナカナ  カナカナ」という少し寂しげな声が流れ始めています。

                 

                ではまた。

                 


                おばけキノコ

                0

                  毎年、梅雨が終わり、いよいよ本格的に暑くなるぞ・・・という今の季節

                  決まって裏山に、奇妙な白いキノコがにょきにょきと生えてきます。

                  けっこう大きくて直径は10センチを越えるものもあります。

                   

                   

                   

                   

                  湿った日陰を好むようです。

                   

                  これは馬酔木の木の根本にかたまって生えています。

                  土から顔を出しているときは、丸い頭が見えていますが、地上に出ると傘を広げてしまいます。

                   

                   

                   

                  傘の上は、サラリとしていて粘着性はありません。

                  ヒビが入って割れ、そっくり返っているものが多いです。

                  石づき(傘の下の足の部分)は短くて大きなものでも4〜5センチしかありません。

                   

                   

                  白い大きなキノコを、ネットで調べましたが見つかりません。

                  (白いキノコって隨分沢山あるのです。色々調べましたが決定打がありません)

                   

                  毎年同じ所に生えますから、胞子を飛ばす力はあまりないのでしょうね。

                   

                   

                  可愛いというよりは、むしろ気持ちが悪くて、勝手に毒キノコだろうと思っている

                  のですが真相は不明のままです。

                   

                  どなたか、キノコにお詳しい方おられましたら、名前を教えてください。

                   

                   


                  万博公園で蓮を愛でる

                  0

                    友人から万博公園内の日本庭園で、「蓮が満開」だからとお誘いがありました。

                     

                     

                     

                    睡蓮も咲いていました。

                    高価そうな望遠レンズのついた重そうなカメラをもった人たちの群れから少し離れて

                    私の小さなデジカメで写してきました。

                     

                    たくさんのチョウトンボが優雅に飛び回っていましたが、それを写すのは至難の技。

                     

                     

                    あれだけの池と花の手入れはさぞかし大変でしょうね。

                    (蓮根は何時か売るのかしら?)

                     

                     

                     

                    万博が我家の庭のような友人の案内で、紫陽花やひまわりの丘へも行ってみましたよ。

                    たくさんの花に出会えましたが、さすがに紫陽花は終わっていました。

                     

                    ハンゲショウ

                     

                    ガマ

                     

                    コウホネ

                     

                    ヒメオウギスイセン

                     

                    ヒマワリ

                     

                    ヒマワリはまだまだこれからですね〜。

                    ほんの一部だけ咲き始めていましたよ。

                     

                     

                    今日から夏休みが始まりましたね。

                    お孫さん達が帰省してこられるご家庭も多いのでは。

                    遊具も自然観察園ものびのび遊べるところがいっぱいですから、超お勧めです。

                     

                    ではまた。

                     

                     


                    安威と藤原鎌足

                    0

                      ここ茨木市の安威には「藤原鎌足の墓」とされる「大織冠神社」があります。

                      下の写真が大職冠神社の鳥居と石碑です。

                       

                       

                       

                      ところがこの古墳、言い伝えに反して、実際はそうではないらしい。

                      隣接する高槻市の阿武山にある古墳が、鎌足の本物の墓らしいと云われています。

                       

                       

                       

                            7月2日、安威公民館主催の文化講演会がありました。

                              テーマは「安威と藤原鎌足」

                                講師は、茨木市文化財愛護会の会長をしておられたこともある小林章氏。

                                 一体どちらが本当なのか、講演会に参加してきました。

                       

                       

                       

                      1  これは安威山の山頂にある円墳の入り口の写真です。

                       

                       

                      花崗岩を積み上げ、玄室の長さは奥行き4.5m、幅1.71m、高さ2.4mです。

                      天井は5枚の石で組まれています。(現在は入られません)

                       

                      しかしこの古墳の造られた年代は、形式からみて鎌足の亡くなる100年程前

                      のものと考えられ、以前から疑問視されていました。

                       

                       

                       

                      2 阿武山の山頂にある古墳

                       

                      1934年(昭和9)に京都大学地震観測所が、高槻市の阿武山に建設されましたが、

                      建設中、山頂から1基の古墳が発掘されています。

                       

                      地表から3メートルばかり下に漆喰で塗り固められた墓室がありました。

                      墓室からは朱の顔料で塗られた棺が発見され、棺の中から遺骸が一体発見されて

                      います。

                      ところがこの墳墓、何故か4ヶ月後には埋め戻されてしまい現在に至っています。

                       

                      1987年になって、当時撮影されたX線フィルムが見つかり画像解析がされました。

                       

                      結果、大織冠と思われる冠や、ガラス玉で飾られた玉枕の存在が判明しました。

                      最高位の大職冠を与えられたのは、鎌足一人ですからこちらの墓が本物という

                      ことが実証されたことになります。

                       

                      鎌足の死因は落馬して背骨や肋骨を折ったことによるそうですが、遺骨にはその

                      痕跡もあったそうです。     (以上、小林講師のお話から)

                       

                       

                      さて鎌足と言えば、かの中大兄皇子と図って当時権勢を振るっていた蘇我蝦夷・

                      蘇我入鹿親子を打倒して、大化の改新を成し遂げた大人物ですね(645年)

                       

                       

                      藤原鎌足は奈良県高市郡の産まれですが、元は中臣鎌足と言います。

                      死の直前、長年の功労に報いるため、天智天皇から藤原の姓を与えられています。

                      中臣氏一族は安威山山麓一帯にも勢力を広げていたそうですから、20歳台の鎌足が

                      一時期この安威の地に住んでいたことがあると考えられているそうです。

                       

                      さてこの安威山山頂にある古墳には「ドウ塚」という別名があります。

                       

                      何故そう呼ばれるのか、

                      「わがまち茨木」の民話編から「鎌足の墓争い」の話をしましょう。

                       

                         鎌足の死後、唐に留学していた鎌足の長子・僧定慧が帰朝しました。

                         父が安威に葬られているのを知り、大和の多武峰(とうのみね)に移そうと思い、

                         使者を安威に送ります。

                         ところが安威の村人達は遺骸を引き渡すことを強く拒んだため、引取るのをあきらめ、

                         代わりに遺骸の一部である「頭」をもらいたいと申し出ます。

                         困り果てていた安威村の人々はしかたなく、承知したということです。

                       

                         安威の古墳には「胴」の部分のみが葬られたことになります。

                       

                      他に、遺体を分けたときにお墓が鳴動したから、「動塚」という説もあります。

                      義母などは、「鳴動がしたら地震が起こりますネン」と言っておりました。

                      一寸怖いですね。

                       

                      では今日はこの辺で。

                       

                       

                      小林章先生の著書をご紹介しておきます。

                        「大阪府の歴史散歩」 上下  (新全国歴史散歩シリーズ 27)  山川出版社

                        


                      | 1/14PAGES | >>

                      profile

                      profilephoto ■ニックネーム 遊山 ■住んでるところ 大阪府   60歳まで福祉畑で仕事していました。 70歳を過ぎた現在は、夫と100歳になる実父との超高齢世帯です。 京都に近い北摂の山間部で生活しています。恵まれた環境ですが少し不便です。 旅行が好きでスケッチ旅行に何度か海外へ行きましたが、介護が始まってからは、もっぱら京都や奈良の美術館巡りです。 ブログでは裏山に自生する植物や野鳥、昆虫などの紹介をしたいと考えています。 写真は素人ですが、さりとて上手な絵が描けるわけでもありません. 時々「へたな横好き」のスケッチをupしたいと思います。

                      最新の記事

                      カテゴリー

                      archives

                      recent comment

                      links

                      profile

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode