秋色

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    今朝の裏山の様子です。

    鉢植えで戴いたりんどうを地植えしていましたら、広がって咲いています。

    よく見ると蟻が蜜を吸いに来ています。

     

     

    ガマズミには赤い実がついています。

    2枚目はコバノガマズミです。

     

     

     

     

     

     

     

     

    上の写真、何かおわかりでしょうか?

    これイノシシに踏み荒らされ跡です。どんぐりの季節ですから夜な夜な現れて食べ散らかします。

    きっとイベリコ豚のようなお味のイノシシなのでしょうね。

    日中出くわすことはないのでご安心を!

     

     

     

     

     

     

    これは何か分かりません。またもや毒キノコでしょうか?

    4〜5センチの高さ。匂いはありません。

    日当たりの悪い陰のところににょきにょきっと出ています。

    どなたか名前をご存知でしたら教えてください。

    (黒いキノコで調べてみましたが、決定打はありませんでした)

    傘の部分が開いたら分かるかもしれません)

     

     

     

     

    ツワブキに硬い蕾が沢山着いていますから花が咲きましたら又お知らせいたします。

     

    ツワブキは日陰の植物の代表選手のようですね。

    たんぽぽのような種が飛んで、子株が沢山できています。

    でも我が家の裏山は少し寒いので、平地に比べて花の咲くのが遅れます。

    ではまた。

     

     

     

    (先日の包丁式は今用意しているところです)

     


    総持寺縁起

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      茨木市には「総持寺さん」と親しみを込めて呼ばれるお寺さんがあります。

       

      その総持寺は、西国三十三所巡礼二十二番札所として多くの人が訪れる名刹です。

      高野山を本山とし、千手千眼観世音菩薩が御本尊です。

       

      ところが私、50年以上も茨木の地に住みながら何故か一度も訪れたことがなく、

      一度は参拝しなければと思っておりました。

       

       

      今年は、茨木市が昭和23年に市制を敷いてから70年の節目にあたり、記念行事として

      10月6日から12月3日まで「総持寺展」を開催されることとなりました。

      場所は「茨木市立文化財資料館」(入館無料・阪急南茨木駅近く)です。

       

       

      10 月6日、開会の日に行ってきました。

       

      総持寺住職、中西隆英氏の講話と同時に、山蔭流包丁式がありました

      ご住職の説話が大変興味深いものでしたから、長いのですがご紹介したいと思います。

       

      総持寺開創にまつわる霊幻譚(れいげんたん)には、絵巻が3本もあるそうです。

      江戸時代の絵師「海北友雪」描く巻物からお話を伺うことできました。

            (かいほうゆうせつ)

       

       

      鎌足から数えて8代目の藤原高房(中納言)は太宰府へ長官として赴くことになりました。

      住居のあった京都から、家族郎党とともに船に乗り淀川を下ったそうです。

       

      当時は茨木の穂積で下船して一泊したそうですが、隆房の息子山蔭はまだ幼少でしたから

      岸から放尿しようとして川に落ち、沖へと流されたのだそうです。

       

      この時沖から1匹の亀が現れ、山蔭を拾い上げ背に乗せて、岸へと助け上げたと言います。

      実はこの亀、隆房が以前助けたことのある亀だったのですが、観音様のおかげだと確信した

      隆房は名木で観音様を彫ろうと決心されたそうです。

       

       

       

       

      太宰府に着いた隆房は、唐へ渡ろうとしていた遣唐使に観音様を彫る「名木」を買い求めるよう

      依頼し、砂金の入った袋を手渡したそうです。

      遣唐使は名木を買い求めたのですが、唐側から名木を持ち帰ることを拒否されます。

       

      たいそういい匂いのする沈香という名木だったそうですが、いかしかたなく木を浜に打ち捨て

      帰国せざるを得ませんでした。名木には墨で理由を書いておきました。

       

       

       

       

      何年も後、やがて藤原山蔭自身も父と同じく太宰府に赴くことになります。

      ところが漁民からの訴えで、浜に光を放つ大きな木が流れ着いているので漁ができないと聴きます。

      子細を調べたところ、かって唐の浜に打ち捨てた名木であることが判明します。

       

       

       

      その名木を船に載せ、京都へ帰宅する途中のできごとです。

       

      名木を穂積からは牛に引かせて陸路運んでいたそうですが、途中牛が動かなくなりました。

      山蔭は「ここにお寺を作りなさい」という観音様からの知らせだと解釈したそうですが、

      この地が今の総持寺のある地点になります。

       

      さてこれからがお話のクライマックスです。

       

       

      名木が無事入手でき、伽藍の建設場所も決まったのですが、観音様を彫ってもらう仏師を

      探さなくてはなりません。

      誰にするか迷った山蔭は、長谷寺で祈願をいたします。

       

      7日目の夜にして、夢でお告げがありました。

      「明日の朝、一番に出会った方を仏師としなさい」

       

       

      さて山蔭が翌朝出会ったその人物は、ボロを纏った童子だったといいます。

       

       

      不審に思った山蔭が童子に何か彫って欲しいと頼んだところ、一夜にして五寸の十一面観音

      を彫り上げました。見事な出来栄えだったそうです。

       

       

      その童子に観音様を依頼することになるのですが、童子から二つの申し出がありました。

      一つは、彫り上げるのに1000日を要するが、その間山蔭自身が仏様の食事を作ること。

      第二に、仕事場(お堂)は誰も覗き見をしてはならぬこと。

       

      さて、1000日目、お堂から声がありました。

      「長谷の観音様は何処におられるや?」

      「おお〜、これは行基菩薩様、今帰る所じゃ〜」

       

      つまりボロを纏った童子は、長谷の観音様その方であったということです。

      お堂には、立派な観音様が出来上がっており、1000日分の仏飯もお供えされていたと言います。

       

       

      山蔭卿は仁和4年(886年)に亡くなられたそうですが、その後7男7女のお子様方が

      立派な伽藍を創建され今日に至るといいます。

       

       

       

       

      いかがでしたか、総持寺にこんな楽しい縁起物語(絵巻)があったことを知らなかったなんて

      一市民として恥ずかしい限りです。

      挿絵は総持寺からいただいた資料を私が、カメラで接写したものです。

       

      住職がおっしゃった「放尿」の部分が「継母が突き落とした」となっていました。

       

       

       

      もともと総持寺のあたりは、藤原氏の荘園のあった場所ですし、茨木市には藤原氏に関する伝承

      は沢山残っています。

       

       

      今昔物語のなかにも、亀の報恩譚としてこの話は書かれているそうですし、

      長谷寺縁起にも、源平盛衰記にも同じ話が見られるということでした。

       

       

      中西隆英・総持寺住職のお話の後、山蔭流包丁式を見学してきましたが、

      それについてはまた後日といたします。

       

      余談

      今年3月、JR京都線に「JR総持寺」駅ができました。

      新駅からも阪急の「総持寺」駅からも4〜500メートルの距離です。

      是非一度ご参拝ください。

       

       

       


      白いおばけきのこ

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        今朝、裏山で白い大きなキノコを見つけました。

        綺麗な白です。群生しています。

         

         

         

        毎年梅雨時分に出てくるのとは形状が全く違います。

        例年出てくるのはもっと傘の部分が分厚く、いかにも毒々しいのですが、

        これはスッキリしたキノコです。

        足元にスカートを履いたような感じです。

         

        傘を1個、採ってきて測ってみました。(簡単に千切れました)

         

         

         

        直径が16センチありました。

        これは傘をひっくり返して見たところです。

         

        「白いきのこ」で調べて見ました。

         

        随分あります。

         

        写真から判断しますと、シメジ科の大イチョウタケ属、オオイチョウタケに似ています。

        オオイチョウタケは食べられるとあります。

        しかし生えるのは、落葉樹の林ではなく、杉林とありますから違うようですね〜

         

        他によく似たキノコにオオシロカラカサタケというのもあります。

        こちらの方はとあります。

        食べると嘔吐、下痢、をするとか!

         

        まだまだあります

        タマゴテングタケといのも似ています。こちらは猛毒とあります。

         

        え〜猛毒

         

        さきのキノコの足元をよく見ると

         

        卵を割って出てきたようにもみえます。

        だとすると猛毒

         

        びっくりです。

        身近なところに猛毒のキノコがあるとは思いませんでした。

         

        今年は猛暑や記録的な大雨で、キノコが育ちやすいのだそうです。

        各地でそのことが報告されているそうですが死人も出たそうです。

         

        結局、キノコの名前を断定するのは私には無理だと分かりました。

        でもとっても綺麗なのでアップさせていただきました。

         

        皆様ご注意を!

         

         

         

         


        100才のブロガー

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          BS1世界のドキュメンタリーという番組で「100才のブロガー」を見ました。

           

           

          写真の女性、ダグニーさんと言います。

          スウェーデンのテレビ局が2015年に制作した番組です。

           

           

          何歳くらいに見えますか?なかなかチャーミングなお顔です。

          2015年当時で103才ですから、現在は106才になられますが、そのようには

          思えませんね。

           

          90才の時に夫を亡くされたダグニーさん、一時何をする気持ちになれなかった

          そうですが、100才の時意を決してパソコンを学び始められたそうです。

           

          今やスウェーデンで最も人気のあるブロガーに変身です。

          読者は50万人に登るそうで、テレビ出演もされたとか。

           

           

          敬老の日の17日、NHKが放送していました。(グッドタイミングですね)

           

          彼女はかって出版の仕事をされていたわけでもなく、普通の家庭婦人だったようです。

          むしろ消極的だったそうですが、年齢を理由にあきらめるのはよくないと思いはじめ、

          愚痴を言わない後悔しない人生を選ぼうと思い立ったのが100才だったという訳です。

           

           

          健康に恵まれておられるようです。

          杖なしで背筋を伸ばして颯爽と歩かれます。

          なかなかのお洒落さんで、白い髪にグリーンのスカーフを巻いたり、襟元からは

          赤いシャツを覗かせたりセンスも抜群。

          アパートで一人暮らしです。(日本でいうマンション・広い)

           

          ダンスがお好きなようで、パソコンでお相手を探しておられました。

          なにげなく見始めた番組だったのですが、そのパワフルな生き方に膝を乗り出して

          見終わりました。

           

           

          確かにスウェーデンの女性はセンスいいですね。

          かって仕事でスウェーデンの老人ホームを何箇所か見て回りましたが、ホームも

          そこに住む女性たちも、お洒落で室内の調度品やカーテンなども明るかったのを

          思い出しました。

           

          話が横にそれてすみません。

           

          番組ではダグニーさん、素敵な89才の男性と知り合い、家庭に招いて懐かしい

          レコードをかけ(CDではなかった)ダンスを楽しむところがありました。

           

           

          足が衰えていないのは、長い散歩を日課にしているからだそうです。

          高齢者がみんなダグニーさんのようにはいかないでしょうが、とても勇気づけられ

          ました。

           

          毎日ブログを綴るには、日々の出来事を興味をもって観察し、確かな自分の意見を

          お持ちなのでしょう。

           

           

          彼女はブログのアドレスは下記のとおりです。

                http://www.123minsida.se/Bojan/99578338

           


          台風一過

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            今回の台風21号は、関西に随分と大きな爪痕を残しましたね。

            皆様のところでは被害はありませんでしたか。

             

            聞くところによれば京都北山では1000本もの杉がなぎ倒された

            と言いますし、あちこちで大木が根元からなぎ倒された写真を目

            にしますね。

            太い木が幹の途中で折れているのを見ますと。正に生木を割くと

            いう状態で「痛い・痛い」と叫んでいるように感じてしまいます。

             

            我が家でも裏山には、15メートルを越すクヌギやシイの木等が

            何本もありますから倒れないかと随分心配しました。

             

            19号の台風のときすでにクヌギの上部の枝が折れ、ぶら下がって

            いましたから、今回は落下するに違いないと覚悟していたのですが、

            何故か無事で、やれやれと安堵しておりました。

             

             

             

            ところが、1週間を経て8日のお昼ごろ、サンルームの屋根の上へ

            大きな音と共に落下したのです。ご近所の方も2〜3人飛び出して

            こられた程の音響でした。

            フェンスと建物の狭い間にすっぽりと収まって止まりました。

             

             

             

             

             

             

            窓ガラスが割れて粉々、落下の衝撃でサッシまでひん曲がってしまい

            ました。下から見上げていた時はそれほど大きな枝とは思わなかった

            のですが、小さな街路樹1本分位の太さの枝です。

             

             

            19号からは何日も経っていますから、葉っぱはすでに茶色く変色。

             

            ともあれ私は台所で調理中でしたので、怪我はありませんでした。

             

            いつもメンテナンスをお願いしている工務店さんに連絡を取りましたが

            この台風被害甚大の時ですから直ぐには来て貰えそうにありません。

             

            取敢えずベニヤで穴を塞ぎ、ぶら下がったガラスの処理だけ済ませました。

             


             

            心配していたことが起こってしまったわけで、山の持ち主さんに連絡を

            入れました。

            今朝は半休を取って親子二人で来てくださいました。

            大きな枝を電動ノコギリで細分し、片付けるのに2時間を要しました。

             

             

            1本の枝を始末するのにこれだけ時間がかかるのですから、1000本の杉林

            を復元するのには、どれだけの人材と時間を要するのでしょう。

             

            私の好きな神戸市立森林植物園さんのフェイスブックを見ると、200本

            倒れたとありましたし、京都府立植物園さんにはクスノキの長い散策路

            で倒木があり、9日まで休園していたそうです。

             

             

            今回の台風の経済的損失はいったいどのくらいに膨れ上がるのでしょう。

             

            自然が被った被害の回復には、費用だけじゃなく長い年月を必要とする

            のですから随分大きな負の遺産を残したことになりますね。

             

            今年はもうこれ以上台風は来ないでしょうか?

            満身創痍のクヌギの木を見上げながら倒れて来ないことばかりを願って

            いる私です。

             

            下の絵は油絵を習い始めたころ、京都府立植物園の散策路を描いたものです

             

             

                                   

             

             

             

             

             

             


            ヨウシュヤマゴボウ

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              安威川の土手に秋になると実をつけるヨウシュヤマゴボウの大株がありました。

                                (洋種山牛蒡)

              台風で倒れてしまったのですが、100m程先に小さな株が生えていました。

               

               

              写真を写してきました。

              山ぶどうのような実

               

               

              まだ青い実

               

              つぼみと白い花

               

               

              変わった植物です。同じ株に紫色の濃い実、青い実、白い花がついています。

               

              調べてみました。

               

              北アメリカ原産の帰化植物、市街地でも雑草化しているので身近にみられる。

              多年草で茎は1〜2メートルにもなる。茎は赤い。

              花序は長い柄があって垂れ下がる。

               

              気になることが書かれていました。

               

              果実と根に有毒成分が含まれている。食べると、めまい、下痢、嘔吐の症状が出る

              というのです。

               

              前に載せたセンニンソウに続いて、またもや有毒植物とは驚きです。

              意外と有毒植物が身近にあるのですね。

               

              味噌漬けにするヤマゴボウの方は、無毒だそうです。

               

                    ヤマゴボウ(wikipediaから)

              ヤマゴボウは茎は緑色で花序も短く実は下垂しない。

               

               

              根菜類のゴボウは体にいいとされていますが、ヨウシュヤマゴボウに出会ったら

              お気をつけください。

               

               


              センニンソウ

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                我が家から歩いて5分程のくさ原に、見慣れぬ白い花が咲いているのに気がつきました。

                一面の葛の葉っぱにからみついて咲いていたのはなんと「センニンソウ」。

                真っ白の十字のような花は、清々しいまでに清楚です。

                 

                 

                白い花びらのように見えているのは、実は「萼片」で、(ドクダミより細長い)

                中心には多数の「雄しべ」があり、「雌しべ」も数本見えています。

                花はすべて上向きに咲いていました。

                 

                蕾は小さくて先は尖っており、花とおなじように上向きについています。

                 

                少し折って持ち帰ろうと思ったのですが、これがなかなか難儀。

                つるが葛の葉に巻き付いて、容易には離れてくれません。

                それでも一寸無理に一枝だけ折ってしまいました。

                 

                帰宅して、いつもの「里山のつる性植物」の本で調べてみたところ、

                なんと有毒植物と注意書きがありました。

                 

                茎や葉にかぶれを起こす有害物質を含むので要注意。牧草地では害草扱い。

                なのだそうです。きっと刈り取るのでしょうね。

                 

                そして「つる」で伸びると思ったのは間違いで、「葉柄」が他に触れると長く伸びて

                巻き付くのだといいいます。

                 

                「センニンソウ」という名の由来は、

                晩秋になると赤褐色の果実についた銀白色の羽毛がキラキラ輝いて仙人のヒゲに似ている

                ことから来ているのだとか。

                秋になったら是非見てみたいものです。

                 

                 

                                                          取ってきた一枝をペン書きしてみました。

                              今のところ、私の手にかぶれは出ていません。

                 

                 


                クヌギに集まる昆虫

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                  この夏は初めのころは雨が続きましたし、それからは連日の猛暑。

                  2度も台風が来ましたから、裏山に行った回数は少なかったのですが、

                  裏山から我が家の庭へのお客さんは結構ありました。
                   
                  ノコギリクワガタ・ミヤマクワガタ  4匹
                  カブトムシの雄とメス        1匹づつ
                  タマムシ              1匹
                   
                  ノコギリクワガタ 立派な顎ですね。
                   
                  ミヤマクワガタ (最近減っているそうです)
                   
                  カブト雄  翅がつやつや光ってとても綺麗です。
                  大阪市内のマンションに住んでいる姪の長男(小学2年)に連絡すると、
                  虫かご持参でやってきました。

                   
                  今、都会でもカブトムシを飼うのが流行っているそうですね。
                  ヘラクレス(中南米の標高の高いところに住む大きなカブト)を買ったというので、
                  「外国のカブトを買ったら駄目でしょ」と言ってみたのですが・・・

                   
                  ネットで調べてみました。
                  随分人気があるようですね。
                  でも高価なのにびっくりします。
                  温度管理が難しいようですから、小さい子には無理じゃないでしょうか。
                  直ぐに死んだと言っていました。

                   
                  裏山のクヌギの下にはカラスにやられたカブトの死骸がいっぱい落ちているのですが
                  自然界で生を終えるのと、輸入されて死ぬのとでは全く意味が違うと思います。
                  2年生には分からないでしょうね。


                   
                  夏が終わりになって、昆虫たちの冬支度が始まろうとしています。
                  柚子に沢山卵を産みに来たアゲハチョウですが、翅が破れています。
                  タマムシの死骸は何匹も見かけますが、死んでいても翅は美しいままです。


                   
                  捕まえたタマムシを動画に撮っていたとき、4枚の翅を震わせて飛翔していきました。
                  このブログには、動画を載せられのが残念です。


                   

                  老化が進む

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                    ブログを書き始めて丁度3年が過ぎました。(186件書いています)

                    今日から4年目に入るのですが、最近更新出来ていないのが、とても気になっています。

                     

                    カメラをもって里山を散策したり、身近な出来事をブログに書きたいのですが、

                    外出できにくい状況です。そのあたりの事情を少し書かせてください。

                     

                     

                     

                     

                     

                    家人との会話が難しくなってきていることに気がついたのは2年ほど前のことでした。

                    本人も変だと感じ、専門医の診断を受けることにしました。

                     

                     

                    脳のMRI検査、血流検査、心理テスト、等々色々受診しました。

                    脳の萎縮が認められましたが、認知症によるものか、視覚障害(網膜剥離による)

                    からきているものか、断定は難しいと言われました。

                     

                    換語機能が低下していること(言葉がすぐに出てこない)から、アルツハイマー初期

                    と診断され、「イクセロンパッチ4.5」(認知症の薬)が処方されました。

                     

                    薬の効果からか当初進行は緩やかだったのですが、ここ2〜3ヶ月前から家人の症状は

                    目に見えて低下(悪化)してきています。

                     

                    私が外出すると不安感からか、家人の話の内容が全く意味不明となります。

                    何故かいつも若い女性が3人同居していると言いますし、早く自宅へ帰ろうと訴えます。

                     

                     

                    私は福祉畑で何年も介護の仕事をしてきましたから、初めての経験ではありません。

                    驚いたりはしないのですが、がっくりきます。

                     

                    「ああ〜こうして人間壊れていくのだな」と思うと、言い知れぬ悲哀感があります。

                    何人もの認知症患者さんの家族の手助けをしてきましたが、家族の心の痛みをどの位まで

                    理解できていただろうという反省もあります。

                     

                     

                    家人を一人にできないので、土曜日か日曜日に限り外出するようにしています。

                                 (家には会社員の娘がいます)

                     

                     

                    こんな個人的事情を書くのはどうかと思いましたが、毎日ブログ訪問してくださる

                    多くの方にブログを更新できていない事情を知っていただければと考えました。

                     

                     

                    一度書くことを辞めてしまうと、再開する元気を失うかも知れません。

                    今までと同じようなスピードでは更新できませんが、細々と里山の記録や感じた事など

                    アップできたらな〜と考えています。

                    今後ともよろしくお願いいたします。

                     

                     

                              上の2枚の写真は、2016年8月に咲いていた

                              ノウゼンカズラと木立ベゴニアです。

                              最後は日本画家の堀文子さんの画集から

                              ヒマラヤに咲く「青いケシ」です。  

                     

                     

                     

                     


                    古墳と埴輪

                    0

                       

                      [埴輪が語る茨木市の歴史]と題した郷土史教室講座に出席してきました。

                       

                      茨木市立文化財資料館が主催です。講師は同資料館の竹原千佳先生でした。

                      実は私が以前40年ほど住んでいた住宅地は、古墳を開発した地区でした。

                      現在住んでいる地区は、安威古墳群と言われる地区の真っ只中にあります。

                      古墳から埴輪が掘り出されていることは知っていましたが、知識は0です。

                      そんなこんなでこの講座を受講してきました。学んだ事と数冊の資料から

                      少しまとめてみました。

                       

                       

                        3世紀中頃から7世紀初めごろまでの350年間を古墳時代と呼びますが、この間に

                        北海道と沖縄を除く日本列島において約5200基もの古墳が築造されました。

                       

                        前方後円墳を中心とした古墳の築造によって、有力首長の政治的な立ち位置を示し、

                        また有力首長間の関係性を示した時代と言えます。

                        従って古墳の規模や葺石、埋葬施設、埴輪などから被葬者の政治的性格が伺えます。

                                                 (当日配布された資料から)

                       

                       

                      茨木市および、隣接の高槻市一帯は「三島古墳群」と呼ばれています。

                      (下図は、配布資料の印刷が判読しずらいものでしたので私が写して書いたものです。)

                       

                             

                       

                        淀川の左岸にあたるこの地域には、山間部から幾本もの川が流れ出しています。

                       (大部分はやがて淀川に合流)

                        その丘陵地帯から平野部にかけて、数多くの古墳群や大きな前方後円墳等が見られます。

                       


                             茨木の古墳

                       

                      4世紀代の古墳として

                      安威川流域では、安威0号墳、安威1号墳、将軍山古墳、紫金山古墳が見られます。

                       

                      安威0号墳は、直径15メートルの円墳です。

                             墳丘は自然の地形の上に2メートルの盛土をおこなっていました。

                             ここから埴輪は出ていませんが、平縁四獣鏡が出ています。

                             

                             

                                写真は「茨木の歴史」から  平縁四獣鏡

                       

                       

                            

                      安威1号墳は、直径45メートルの前方後円墳です。

                             壺型埴輪が出ました。

                             0号墳のすぐ東にあります。

                             現在、茨木市立北陵中学校の構内に保存されています。

                       

                             

                              壺型埴輪                     wikipedia  から

                       

                      将軍山古墳は、全長107メートルの前方後円墳でしたが、

                             開発されて住宅地となってしまったため、住宅地北側の山の頂に、

                             竪穴式石室のみが移設されています。

                             古墳から、壺型埴輪円筒形埴輪が出ています。   

                       

                             

                             円筒形埴輪   Wikipedia  から

                       

                       

                      紫金山古墳は、全長110メートルの前方後円墳です。

                             鰭付円筒埴輪が樹立していましたが、壺型埴輪は出ていません。

                       

                             

                             鰭付円筒埴輪  宮内庁ホーム・ページ から

                       

                       

                       

                       埴輪が何故造られるようになったのか、面白い話を聞きました。

                       日本書紀の垂仁紀に、次のような話が掲載されているそうです。

                       

                          垂仁天皇のお后、日葉酢媛命(ひばすひめ)が亡くなられた時、

                          殉死(当時の風習)の習慣は良くないのでどうしたものかと天皇が問われたそうです。

                          野見宿禰(のみのすくね)が土物(はに)を造ることを提案、

                          馬や人の形を土で作り、これを墓に備えた。

                       このことにより野見宿禰は、土部の長に任命され、土部臣と称するようになったとか。

                       

                         講義のまとめ (配布文書より) 

                       

                      仝妬は生前造墓である。

                      ∩以後円墳を頂点にした墳墓造営によって有力首長の政治的立ち位置が伺える。

                       

                      0属匕妬や将軍山古墳のように壺型埴輪を樹立したまとまりがある。

                       

                      せ膓盪蓋妬のように円筒埴輪を中心にした、壺型埴輪をもたないまとまりがある。

                       

                      ザ畧椶靴臣楼茲如且つ同時期であるにもかかわらず、埴輪の様相がことなるその背景には、

                       勢力母体が異なる可能性が考えられる。

                       

                      Γ汗さ中ごろは、同じ地域内であっても中枢の政権とは独自につながり、必ずしも同じ方向を

                       向いていたわけではないことが分かる。

                       

                      大変興味深い講座でした。┣鵐轡蝓璽困任垢、次回は「青銅器の生産体制の変遷」です。

                      受講できましたら、またご報告させていただきます。

                       

                      ブログを書くにあたって参考にした著書

                        茨木市教育委員会 茨木市選挙管理委員会 発行 「茨木の歴史」

                        郷土史発行委員会            発行 「安威郷土史」

                       

                       


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                      プロフィール

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                      名前を遊山といいます。   大阪府の北部に住んでいます。 京都にも近い山間部です。 近くには安威川が流れています。 川向うは高槻市になります。
                      福祉施設の現場や学校などで介護を中心に60才まで就労しました。 今は家人と晴耕雨読の生活です。 ブログでは裏山に自生する植物や野鳥のこと、加えて地域の行事や小さな旅行など 紹介できたらと考えています。

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