裏山の昆虫たち

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    花に止まらないで、何故か小石の間を飛び回っているオレンジの蝶

    この蝶は何という蝶でしょう?

     

    ネットで調べて、ヒメタテハ に似てるなあ〜と思ったのですが、

    いつもの生物博士に聞いてみました。

     

             

     

    違っていました

    ツマグロヒョウモンでした。

     

    翅の縁が黒いですね。メスだそうです。

     

          

     

    「幼虫は赤と黒の派手な模様なので探してごらんなさい」ということでした。

    確かに見たことあります。赤い筋が黒字の身体にあるドギツイデサインです。

    こんな時に限って、いないのですね〜

     

    描いてみました。(昆虫図鑑参照)


     

    一寸気持ち悪いでしょうか?

    幼虫の食事はスミレやパンジーです。

    香りに引き寄せられるのでしょうか?

     

     

     

    次はタマムシです。

     

     

    大きなクヌギの木の周りを、いつも4〜5匹のタマムシが飛び回っています。

    2階の私の部屋から、よく見えるのですが、5〜6メートルは離れています。

     

    なかなか写真に収まらないので、残念だな〜と思っていたところ、いました。

    クヌギの幹に、しかも2メートルくらいの高さのところです。

     

     

    またもや絶好のチャンスに、カメラもスマホも携帯せず。

    丁度、遊びに見えていた友達が、スマホでキャッチ!

    その写真が下の2枚です。

     

     

     

     

    いかがでしょう

    綺麗な玉虫色です。

    翅の色って、1000年経っても褪せないのですね。

    今年の春、法隆寺で玉虫厨子を見てきましたが、

    たしかに残っていました。

    ほんの一部でしたが、グリーンに光る翅の色は間違いなく玉虫色でした。

     

     

    最後はトンボです。

     

    ハグロトンボです

    細い身体の色がタマムシ色に光るのですが、カメラを近づけると逃げられます。

    (オスは腹部が緑色、メスは腹部が黒色)

     

    子供の頃、小川の上をハグロトンボが群れになって飛び回っていたの覚えています。

    ここは、川から直線でも200メートルくらい離れているのですがよく見かけます。

    翅を閉じたり開いたりするところを写したいのですが、じ〜っと閉じたままでした。

     

     

     

    いかがでしたでしょうか?

    裏山はもう秋の気配も感じられるようになりました。

    ヒグラシの「カナカナ  カナカナ」という少し寂しげな声が流れ始めています。

     

    ではまた。

     


    おばけキノコ

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      毎年、梅雨が終わり、いよいよ本格的に暑くなるぞ・・・という今の季節

      決まって裏山に、奇妙な白いキノコがにょきにょきと生えてきます。

      けっこう大きくて直径は10センチを越えるものもあります。

       

       

       

       

      湿った日陰を好むようです。

       

      これは馬酔木の木の根本にかたまって生えています。

      土から顔を出しているときは、丸い頭が見えていますが、地上に出ると傘を広げてしまいます。

       

       

       

      傘の上は、サラリとしていて粘着性はありません。

      ヒビが入って割れ、そっくり返っているものが多いです。

      石づき(傘の下の足の部分)は短くて大きなものでも4〜5センチしかありません。

       

       

      白い大きなキノコを、ネットで調べましたが見つかりません。

      (白いキノコって隨分沢山あるのです。色々調べましたが決定打がありません)

       

      毎年同じ所に生えますから、胞子を飛ばす力はあまりないのでしょうね。

       

       

      可愛いというよりは、むしろ気持ちが悪くて、勝手に毒キノコだろうと思っている

      のですが真相は不明のままです。

       

      どなたか、キノコにお詳しい方おられましたら、名前を教えてください。

       

       


      万博公園で蓮を愛でる

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        友人から万博公園内の日本庭園で、「蓮が満開」だからとお誘いがありました。

         

         

         

        睡蓮も咲いていました。

        高価そうな望遠レンズのついた重そうなカメラをもった人たちの群れから少し離れて

        私の小さなデジカメで写してきました。

         

        たくさんのチョウトンボが優雅に飛び回っていましたが、それを写すのは至難の技。

         

         

        あれだけの池と花の手入れはさぞかし大変でしょうね。

        (蓮根は何時か売るのかしら?)

         

         

         

        万博が我家の庭のような友人の案内で、紫陽花やひまわりの丘へも行ってみましたよ。

        たくさんの花に出会えましたが、さすがに紫陽花は終わっていました。

         

        ハンゲショウ

         

        ガマ

         

        コウホネ

         

        ヒメオウギスイセン

         

        ヒマワリ

         

        ヒマワリはまだまだこれからですね〜。

        ほんの一部だけ咲き始めていましたよ。

         

         

        今日から夏休みが始まりましたね。

        お孫さん達が帰省してこられるご家庭も多いのでは。

        遊具も自然観察園ものびのび遊べるところがいっぱいですから、超お勧めです。

         

        ではまた。

         

         


        安威と藤原鎌足

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          ここ茨木市の安威には「藤原鎌足の墓」とされる「大織冠神社」があります。

          下の写真が大職冠神社の鳥居と石碑です。

           

           

           

          ところがこの古墳、言い伝えに反して、実際はそうではないらしい。

          隣接する高槻市の阿武山にある古墳が、鎌足の本物の墓らしいと云われています。

           

           

           

                7月2日、安威公民館主催の文化講演会がありました。

                  テーマは「安威と藤原鎌足」

                    講師は、茨木市文化財愛護会の会長をしておられたこともある小林章氏。

                     一体どちらが本当なのか、講演会に参加してきました。

           

           

           

          1  これは安威山の山頂にある円墳の入り口の写真です。

           

           

          花崗岩を積み上げ、玄室の長さは奥行き4.5m、幅1.71m、高さ2.4mです。

          天井は5枚の石で組まれています。(現在は入られません)

           

          しかしこの古墳の造られた年代は、形式からみて鎌足の亡くなる100年程前

          のものと考えられ、以前から疑問視されていました。

           

           

           

          2 阿武山の山頂にある古墳

           

          1934年(昭和9)に京都大学地震観測所が、高槻市の阿武山に建設されましたが、

          建設中、山頂から1基の古墳が発掘されています。

           

          地表から3メートルばかり下に漆喰で塗り固められた墓室がありました。

          墓室からは朱の顔料で塗られた棺が発見され、棺の中から遺骸が一体発見されて

          います。

          ところがこの墳墓、何故か4ヶ月後には埋め戻されてしまい現在に至っています。

           

          1987年になって、当時撮影されたX線フィルムが見つかり画像解析がされました。

           

          結果、大織冠と思われる冠や、ガラス玉で飾られた玉枕の存在が判明しました。

          最高位の大職冠を与えられたのは、鎌足一人ですからこちらの墓が本物という

          ことが実証されたことになります。

           

          鎌足の死因は落馬して背骨や肋骨を折ったことによるそうですが、遺骨にはその

          痕跡もあったそうです。     (以上、小林講師のお話から)

           

           

          さて鎌足と言えば、かの中大兄皇子と図って当時権勢を振るっていた蘇我蝦夷・

          蘇我入鹿親子を打倒して、大化の改新を成し遂げた大人物ですね(645年)

           

           

          藤原鎌足は奈良県高市郡の産まれですが、元は中臣鎌足と言います。

          死の直前、長年の功労に報いるため、天智天皇から藤原の姓を与えられています。

          中臣氏一族は安威山山麓一帯にも勢力を広げていたそうですから、20歳台の鎌足が

          一時期この安威の地に住んでいたことがあると考えられているそうです。

           

          さてこの安威山山頂にある古墳には「ドウ塚」という別名があります。

           

          何故そう呼ばれるのか、

          「わがまち茨木」の民話編から「鎌足の墓争い」の話をしましょう。

           

             鎌足の死後、唐に留学していた鎌足の長子・僧定慧が帰朝しました。

             父が安威に葬られているのを知り、大和の多武峰(とうのみね)に移そうと思い、

             使者を安威に送ります。

             ところが安威の村人達は遺骸を引き渡すことを強く拒んだため、引取るのをあきらめ、

             代わりに遺骸の一部である「頭」をもらいたいと申し出ます。

             困り果てていた安威村の人々はしかたなく、承知したということです。

           

             安威の古墳には「胴」の部分のみが葬られたことになります。

           

          他に、遺体を分けたときにお墓が鳴動したから、「動塚」という説もあります。

          義母などは、「鳴動がしたら地震が起こりますネン」と言っておりました。

          一寸怖いですね。

           

          では今日はこの辺で。

           

           

          小林章先生の著書をご紹介しておきます。

            「大阪府の歴史散歩」 上下  (新全国歴史散歩シリーズ 27)  山川出版社

            


          クワガタとノウゼンカズラ

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            堅い話が続きましたので、今回は花と虫の話です。

             

            まずは昨晩裏山から飛んできたノコギリクワガタです。

            大きなクヌギが2本あるので、そこからでしょう。ベランダに飛んできました。

             

             

            お隣の「生物博士」によりますと、顎が小さいのでコンパスと呼ばれる小型オスです。

            大顎をもつものは牛の角のように見えるので、「牛」と呼ばれるそうです。

             

            それにしても目玉も綺麗ですし、左右に張り出している2本のアンテナ様のものも

            よく出来ています。これ触覚でしたよね。

             

            色々な虫が飛んできますが、今年はまだカブトムシが飛んできません。

            (出てほしくないムカデはよく見かけるのですが)

             

             

             

             

            次はご近所のノウゼンカヅラです。

            見事に花を付けているので写真を撮らせていただきました。

             

             

             

             

            梅雨の中頃から咲き始めて、ひと夏咲き続けますね。

            吊り下がるようにして次々と咲いていくのがとても可愛いです。

            オレンジ色が青い空に映えて、夏の花だと思います。

             

             

             

            中国原産の花と聞きましたが、最近ではピンクや黄色の花もあるそうですね。

            我が家にも1本だけあるのですが、どうやらアメリカノウゼンカズラらしく、

            花の色が濃い赤橙色です。花も小ぶりで細長いです。

            まだ若い木なのですが、ブロック塀に付着根を貼り付けてこれから伸びていく様子です。

             

             

             

            九州の水害の様子が刻々と伝わってきます。

            紫陽花はそろそろ終わりかけていますが、梅雨前線も早く消えて欲しいものです。

             

            ではまた。

             

             

             

             

             

             


            おさん茂平の逃避行

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              前回、初田古墳を紹介した時「意外な物」発見と書きましたが・・・・

               

               

               

              上の写真がその時発見した石碑とお墓です。

              石碑は「南無妙法蓮華経」と読めますし、ここで二人は心中したと説明してあります。

               

              しかしWikipediaで「おさん茂平」を調べますと、史実は少し違うようです。

               

              要約しますと、

               

               おさんは「大阪小町」と呼ばれるほどの美人であった。

               美貌ゆえ、14才の時京都の「大経屋」へ乞われて嫁ぎます。

               (大経屋は当時暦を造っていた豪商。夫は30才年上であった)

               その後、丹波から丁稚としてやって来た美男子の茂平と恋仲になります。

               やがて夫の知るところとなって、二人で茂平の郷里へ逃亡します。

               丹波に潜伏していたものの、役人に捉えられて洛中引き回しとなり、

               天和3年(1683)京都粟田口で磔となって、ともに処刑された。

              とあります。

               

               

              この実話を下に、井原西鶴は「好色五人女」を書きあげ、近松門左衛門は

              浄瑠璃「大経師昔暦」を書き表わし、共に大評判になったということです。

               

              戦後は「近松物語」として映画になり、長谷川一夫と香川京子が演じたと

              説明がありました。(残念ながら見ていません)

               

               

              磔になる実話より、この国見峠で心中する話の方がロマンがあっていいと思うのですが、

              如何でしょう?

               

              いずれにせよ、二人がこの国見峠を通って丹波に逃げたのでしょうね。

              後日、処刑された話を聞いた近隣の人が、この碑やお墓を建てたのでしょうか?

               

               

              姦淫罪が廃止されたのは、なんと1947年(昭和22年)といいますから驚きです。

               

               

               

               


              初田古墳

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                古墳と聞いて思い浮かべるのは飛鳥の石舞台古墳でしょうか?

                それとも、4人の天平美女が描かれた高松塚古墳でしょうか?

                 

                 

                古墳時代と言うのは3世紀から6〜7世紀まで続く長い期間があるそうです。

                この古墳時代、規模や造営の違いから、前期・中期・後期の3期に区分して

                考えるのが一般的なようですね。

                 

                 

                ここ茨木市大田には、継体天皇陵と伝承されている前方後円墳があります。

                (宮内庁が管理していますが、中期より古い形式なので疑問視されている)

                 

                 

                5世紀に入って大陸から新しく横穴式石室による埋葬法が導入されます。

                当初は一個人のために造られていたものが、追葬される様になって数十基

                におよぶ古墳群が造られるようになりました。

                 

                「茨木の歴史」から拾い上げてみました。

                 

                上寺山古墳、見付け山古墳、郡神社古墳、南塚古墳、青松塚古墳、海北塚古墳

                鼻摺古墳、耳原古墳、真龍寺古墳、長け淵古墳、初田古墳、新屋古墳、安威古墳

                ・・・・・・

                 

                古墳文化の花盛りです。

                 

                なんと私の住んでいる初田地区から掘り出された古墳が、近隣の山手台公園に

                保存展示されているということも分かりました。

                 

                行ってきました。初田古墳 

                 

                (公園は高台にあるので、公園の中に入ったのはこれが初めてでした。)

                 

                 

                 

                1号墳

                 

                天井石などはないのですが、センと呼ばれるレンガが整然と敷いてあります。

                初めからこんなに矩形だったのでしょうか?

                その説明はありませんでした。

                 

                2号墳

                 

                 

                こちらは云われなければ古墳と思わないでしょうね〜。

                落ち葉の中に埋もれていました。

                 

                同じ場所に、長が淵古墳というのもありました。

                 

                 

                 

                長が淵というのは、安威川が大きく湾曲している場所ですが、山手台の登り口になります。

                 

                その場所から円墳(直径10メートル)が7基発掘され、ここに移築したとあります。

                保存されているのは1号墳のみでした。

                やはり天井石はないのですが、こちらの方は古墳の石積みがよく分かります。

                 

                 

                追記

                 

                初田という町名は今は残っていないようです。安威で統一されています。

                サニータウンというのは、茨木市北部に広がる大きなニュータウンです。

                 

                公園のある場所は昔は国見峠と呼ばれ、丹波の国まで見渡せる交通の要衝

                であったと聞いています。

                茨木市に住みながら、その歴史をホントに知らなかったことを恥ずかしく思います。

                 

                今回古墳を見に行って、この国見峠に意外な石碑を見つけました。

                次回はそれについて書いてみたいと思います。

                 

                 


                白井河原の蛍合戦

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                  下の絵は、摂津名所図会に描かれた、白井河原の蛍狩りの絵です。

                   

                            着飾った女性達が、浅瀬の岩伝いに河原に降りていく様子

                            子供達も蛍を捕まえようと網らしきものを振り回しています

                   

                  白井河原というのは、実は我が家から自転車で10分とかからない近隣にあります。

                   

                  ここが昔から「蛍の名所」だったという話は、義母から聞いて知ってはいたのですが、

                  摂津名所図会にその絵が載っていた事は知りませんでした。

                   

                  茨木市教育委員会が発行している「茨木の歴史」という本があります。

                  その本の裏見返しにあるのがこの絵です。

                   

                                                                   

                  いつも通り慣れた場所ですが、現在の白井河原を写真に納めてきました。

                   

                                          

                  2本の川が合流しています。

                    画面右から左へ流れているのが佐保川。

                    画面中央から流れ込んでいるのが勝尾寺川です。(箕面から流れて来ている) 

                   

                  2本の川はここで合流して茨木川となリ、その後安威川に合流します。

                   

                  江戸時代には堤がなく、広い河原が広がっていたのだそうです。

                   

                  同じ教育委員会編纂の「わがまち茨木」の民話・伝説編には、「白井河原の蛍合戦」

                  の昔話が載っていました。

                   

                  民話編からの抜粋です。

                     白井河原の蛍合戦

                   

                     毎年初夏になると、村人は日暮れ頃になると酒肴を持ち寄り、

                     むしろを引いて河原に陣取った。

                     宵闇が暗くなる頃に、遠くからゴオーというかすかな羽音が聞こえ、

                     蛍の集団が近づいてくる。

                     やがて東からと西からと蛍の大集団が近づいてきて白井河原の上空で

                     激しくぶつかる。相当数の蛍が流れ星のように落ちる。

                   

                     河原で見物する人たちはその壮観さに思わず歓声を挙げて見守っている。

                     しばらくして蛍の集団はいずれかに飛び去る。

                   

                  「蛍のゴオーという羽音が聞こえる」

                  一寸信じられない表現ですが、そんな情景や楽しい風習があったのですね。

                  多分、蛍の交尾の時期に合わせて「蛍狩り」の優雅な遊びがあったのだと思います。

                   

                  そう言えば、50年程前この地に越してきた頃、佐保川に蛍が飛び交う様も見られました。

                     

                                                                                          

                   

                  「茨木の歴史」は初版が昭和48年、平成8年には改訂版が発行されています。

                  我が家にも隨分前からありましたのに、じっくり読んでいませんでした。

                   

                  (摂津名所図会は、1796年から1798年に刊行された、9刊12冊の地誌です)

                   

                  自分が住んでいるこの地の歴史を、少しずつ紐解いていければと思っています。

                   

                                                               

                   この日合流地点では、男の子と父親らしき人影が魚を捕まえている様子が見られました。

                   

                   

                   


                  白いスカシダワラ

                  0

                     

                    裏山に1本、花柚子の木があります。

                    実は我が家の庭木だったのですが、2〜3年前裏山に植え替えたものです。

                    柑橘類ですから当然アゲハチョウが良く卵を産みに来ます。

                    やがて大きな幼虫になるのですが、青虫に弱い娘の希望で植え替えました。

                     

                    その花柚子の木にクスサンが今繭を造っています。

                    (以前のブログに書きましたが、大きな蛾の名前です)

                     

                    偶然に見つけました。

                    「あれ〜、蜘蛛の巣にしては変な形」と近づいてみると、なんとクスサンの幼虫が

                    目下、繭の造営中でした!

                    (6〜7月に楕円形の繭を造って蛹になり、9〜10月に羽化する)

                     

                     

                    造営中の幼虫の目がハッキリ目視できました。

                    慌ててカメラに納めた1枚です。

                     

                    考えてみれば当たり前のことなのですが、初め糸は真っ白なのですね〜。

                    まるで白いレースのチュールをまとったかのようです。

                     

                     

                     

                    糸を撚り合わせた繭は、網目状に穴があいているのでスカシダワラと呼ばれるのでしょう。

                     

                     

                     

                    今年の春・3月に見つけた「スカシダワラ」からは結局クスサンは羽化しませんでした。

                    6月の今になっても下の写真のような状況です。

                     

                    他にも羽化していない繭を2個見つけましたから、総ての繭から成虫が羽化するのでは

                    ないのですね。自然界の厳しさを垣間見た思いです。

                     

                    堅いままのスカシダワラ

                     

                     

                     

                    弁明(娘のために)

                     

                    今を去る・・十年昔の出来事です。

                     

                    私が飼っていたアゲハの幼虫が、蛹になる場所を求めて、こともあろうに

                    娘がはいていたスカートの上を這っていたことがありました。

                     

                    それ以来、娘は青虫が大嫌いになりました〜。

                    情操教育のつもりが、娘には悪影響しか与えなかったというお話です。

                     

                    青虫のケージのふたが開いていたのですね〜。(オソマツでした)

                    いまだに恨まれています。

                     

                     

                     

                     


                    オカトラノオ

                    0

                       

                      裏山にオカトラノオが咲いています。

                      トラノオ(虎の尾)の名前のついている植物は沢山あるそうですが、

                      このオカトラノオはサクラソウ科に属しています。

                       

                      図鑑で調べると、陽当りの良い平原や山地に咲くとありますがどちらかと言えば

                      半日影のわが裏山でも今花盛りです。

                       

                      地下茎(赤色をしています)で増えるので小さな群落になって咲いています。

                       

                      直径2〜3ミリの小花が房になって、花穂をなしている様子は可愛いですよ。

                      先端が少しそっくり返っています。

                       

                      植えた覚えはありませんから、種が飛んで来たのでしょうか。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      同じサクラソウ科に、ヌマトラノオというのもあるそうですが、見たことはありません。

                      沼地や湿地に咲くそうですから、この次安威川の堤防あたりで探してみましょう。

                       

                       

                       


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                      profilephoto ■ニックネーム 遊山 ■住んでるところ 大阪府   60歳まで福祉畑で仕事していました。 70歳を過ぎた現在は、夫と100歳になる実父との超高齢世帯です。 京都に近い北摂の山間部で生活しています。恵まれた環境ですが少し不便です。 旅行が好きでスケッチ旅行に何度か海外へ行きましたが、介護が始まってからは、もっぱら京都や奈良の美術館巡りです。 ブログでは裏山に自生する植物や野鳥、昆虫などの紹介をしたいと考えています。 写真は素人ですが、さりとて上手な絵が描けるわけでもありません. 時々「へたな横好き」のスケッチをupしたいと思います。

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