銅鐸

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       この写真の銅鐸は香川県善通寺市我拝師山出土の銅鐸です。

              

                      茨木市立文化財資料館にて

       

     

    先日、NHKの[歴史秘話ヒストリア]で銅鐸について詳しく放映していましたね。

    ご覧になった方も多いのではないかと思いますが、銅鐸の作り方や使われ方それに

    銅鐸に描かれた絵についての解説がとても詳細で、弥生時代の人々がいかに優れた

    技術をもっていたかよく理解できました。

     

     

     

    ところで私の住んでいる茨木市では、銅鐸を造った時の鋳型が出土しているのです。

    出土したところは、茨木市の南部(低地)「東奈良遺跡」といいます。

     

     

    以下は教育委員会発行の「茨木の史跡」から遺跡についての抜粋です。

     

    東奈良遺跡の本格的調査は昭和46年から行われた。

    最も古いものとしては縄文時代前期末(約5〜6000年前)の土器片が出土している。

    このことからこの地域には縄文時代の人々がすでに活動していたことが分かる。

     

    人々が共同で生活し、大規模なムラの形態を整えたのは、弥生時代(BC2〜3世紀)に

    なってからである。

    ムラの周囲を溝で囲み(環濠集落)、外側に水田を設けて米作りをしていた。

     

    住居の跡とみられる柱穴や、木材を貯蔵する土壙(どこう)、瓶や壺、鉢、高坏、

    農耕のための鋤、鍬、稲穂を刈る石包丁、のみや斧など多くの遺物が発見されている。

     

    銅鐸の鋳型が出土したのは、昭和48年から翌年にかけての発掘である。

     

    その後の調査では銅戈(どうか)や勾玉(まがたま)の鋳型、ふいごの羽口の鋳造に関する

    遺物も出土した。

    これにより、東奈良遺跡が当時貴重な金属を扱ったムラとして存在していたことが判明した。

     

     

    南茨木にある「茨木市立文化財資料館」に鋳型を見に行ってきました。

     

     

    私の写真では分かりにくいので「茨木の史跡」から

     

     

    流水紋がお分かりいただけますか?

    陳列ケースのなかの鋳型は、高さが25センチ程度に見えました。

     

    香川県善通寺市から出土した上の銅鐸は、東奈良遺跡から出土した2号流水紋鋳型

    を使用して鋳造されたことが判明しています。

     

    (全国で出土している銅鐸には、1メートルを越す大きさの銅鐸もある)

     

     

     

    歴史ヒストリアの中で、一番興味深かったのは銅鐸の表面に描かれた絵です。

     

     

     

    絵は、水田をめぐる田植えから収穫までの一年のサイクルが描かれているそうです。

     

    春にはアメンボが、夏にはカエルが、それを追って蛇や鳥が、秋にはトンボのつがい

    と言った具合です。

     

    上段右から2番めの、H型の道具を持つ人物とそばの魚2匹の絵の意味が長らく不明

    だったのですが、H型道具の使用目的が研究者によって明らかになってきたそうです。

     

    H型道具は、水田の水門土手の土留板を補強するのに使用していた板だそうです。

    この板を外して水門を開け、それから後に稲を刈ったのでしょうね。

    水田にも、水門から流れ出す水流の中にも沢山の魚が泳いでいたのでしょう。

    それらを捕まえ食したということです。

    (農薬がないのですから田の中には魚などの生物はさぞ沢山いたのでしょう)

     

     

    日本史の資料集で学んだ、銅鐸とその表面の線描き模様にそんなに深い意味があった

    とは思ってもみませんでした。

     

     

    感想

    番組では実際に製作された銅鐸を使ってその音色を聞くことが出来ました。

    鳴らし方にも随分工夫があったようですが、どのくらい遠くまで聞こえたのか、収穫時

    にのみ鳴らしたのか、頻繁に鳴らしていたのかもっと詳しく知りたいものです。

    弥生時代、農耕生活をしていた人々の生活が少しずつ明らかになっていくのはなんとも

    楽しいことですし、なんといってもその集落が私の住んでいる街に存在していたと思う

    ととても嬉しく思います。

     

     

     


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    名前を遊山といいます。   大阪府の北部に住んでいます。 京都にも近い山間部です。 近くには安威川が流れています。 川向うは高槻市になります。
    福祉施設の現場や学校などで介護を中心に60才まで就労しました。 今は家人と晴耕雨読の生活です。 ブログでは裏山に自生する植物や野鳥のこと、加えて地域の行事や小さな旅行など 紹介できたらと考えています。

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