椿の本陣

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    名神茨木インターチェンジから、池田に向かう国道171号線沿いに

    通称、「椿の本陣」という国史跡の「郡山宿本陣」があります。

    春の特別公開が3月4日から始まりました。行ってきました。

     

    まずは、御成門

     

     

    江戸時代、大名、公家、幕府の役人、門跡寺院の僧侶が休泊した旅宿のことで、大名宿とも

    称されるそうです。

    ここは西宮から京都へと続く西国街道の中間に位置しているので隨分繁盛したということです。

     

    門を入ると、すぐ右手に「五色の椿」という大きな椿が(写真は二代目)あるので、

    「椿の本陣」の名前で呼ばれ、人々に親しまれてきました。

     

     

     

    本陣見取り図

     

     

    隨分大きなお屋敷です。

    当日はボランティアがおられて、詳しく説明してもらえました。

     

    早駕籠

     

    かまど

    宿の前に掲げられた看板

     

    この看板は、本陣が用意するのではなく、投宿する大名が持参されるものだとか。

    それで「御宿」ではなく単に「宿」と書かれています。

    沢山の看板の中には、「浅野家」や「島津久永」のものを見つけました。

     

    御休みになるお部屋

     

    部屋の中央部が高くなっています。

    奥に見えているのは時計

     

    中に分銅が仕掛けられていて、分銅が下がり切ると見張りが上まで引き上げる。

    その為、夜中は寝ずの番になったそうです。(2時間毎)

    早朝4時出立ということもあり、2時頃から朝の準備がなされた為です。

     

    十手

     

    宿場町を狙う、狼藉の輩が横行したので、当家は十手預かりをしていた。

     

    屋敷の離れに丸亀藩から寄贈された茶室がありました。(理由は不明だそうです)

    隨分開放的な茶室なのでお尋ねしたら、千利休ではなく古田佐助の作だとか。

    古田佐助を調べましたら、織部焼で有名な古田織部のことでした。

    しかも織部は茨木城主中川清秀の妹を妻に娶っているということです。

     

    当日は、ご当家当主の梶さん(95歳)のお話がありました。

    明治3年に本陣が廃止されてから150年、その間全国に2000軒以上あったという

    本陣・脇本陣は、今は見る影もなく、ここは貴重な存在になっているということでした。

     

    これは、かっての郡山宿の模型です。

     

    本陣に宿泊できる人数は3〜40人ですから、大名行列の一行が宿泊するために、

    本陣を中心にして100軒もの旅籠が栄えていたということでした。

    貴重な歴史の一端を聞くことの出来た有意義な春の一日でした。

     

     

     


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    profilephoto ■ニックネーム 遊山 ■住んでるところ 大阪府   60歳まで福祉畑で仕事していました。 70歳を過ぎた現在は、夫と100歳になる実父との超高齢世帯です。 京都に近い北摂の山間部で生活しています。恵まれた環境ですが少し不便です。 旅行が好きでスケッチ旅行に何度か海外へ行きましたが、介護が始まってからは、もっぱら京都や奈良の美術館巡りです。 ブログでは裏山に自生する植物や野鳥、昆虫などの紹介をしたいと考えています。 写真は素人ですが、さりとて上手な絵が描けるわけでもありません. 時々「へたな横好き」のスケッチをupしたいと思います。

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